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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.37 人気手相観 日笠雅水さんと「占い」を語ります【3】
2016/6/28

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人気手相観 日笠雅水さんと「占い」を語ります【3】
  日笠雅水×鏡リュウジ
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■占いの定義とは?


日笠
わたしはもともと本当に占いが好きで、占星術もタロットも易も大好き。ほんとうに面白い。なぜそんなに好きだったかっていうと、占ってるときは、神様と通じてる感じがするというか、占い的視点でものを考えていると神様とお話してるような感じがするからです。自分や他人とじゃなくて、トランプを切っているとそこに「あ、神様がいる」と感じて、神様と会話ができている。もう、それがたまらない面白さがあって夢中になってました。

でもこの仕事を始めてからわたしは占いは一切やってないんですよ。いわゆる占いでお金を得たこともないし、タロットカードも好きなんですが、逆に封印しました。



少しわからなくなってきました。日笠さんのカテゴリーの中では手相は占いじゃないんですか?


日笠
もう、全然。手相を占いだと思ったことは一度もないんですよ。私を占い師として面白いと思ってくださるかたは占いって思ってくださっていいんですけど。占い的なことはいうけど、占ってるとはあまり思ってません。



占いの定義によりますよね? 一般的には手相は占いです。具体的な予言を日笠さんは占いって定義してるんですか?


日笠
決めつけですかね。こうなるかもね、という。



自分の占いが人を決めつけているものだって思っている占い師って、たぶんあまりいませんよ。実は占いって定義しにくい言葉なんですよ。そこは非常にむずかしい。

僕は、占いは運命との交渉術だと思っています。単にプレディクション、つまりお遊び的な予言としての占いは、フォーチュンテリングなんです。ディヴィネーション。これはつまり神の世界とのディヴァイン、交流なんですよ。それは予言ではなく、こういうふうにしたいけど、いいですか、という問いかけなんです。もしこういうふうにしたら、という仮定法の世界なんですね。


日笠
まさにそれをわたしはやってます。



ですよね。で、それはディヴィネーション。占星術はディヴィネーションなのかどうかも欧米では大きなテーマです。占いをよくフォーチュンテラーとするんですが、この言葉は英語圏のまじめな占星術の人はすごく嫌がる言葉なんですよ。一緒にするな、と。

フォーチュンテリングというのは、すごく決めつけ型で、例えば、明日、髪の毛の赤い人があなたを待っているとか、そういうもので、そういうのをすごく嫌がります。占いっていうと、いろんなファクターが入ってるから、ものすごく定義しにくい言葉なんですよね、宗教と同じくらい。


日笠
鏡さんはどう定義するとわかりやすいですか?



占いというのはすごく幅が広いものだから、どういうものをその人が求めているか、ということによるんだと思う。さっきのリテラシーとかぶりますが、分化して、分けて考えなくてはだめだと思っています。

今日のラッキーカラーは赤、というふうに楽しくやるのもいいし、本当に人生を考えて、スキルと人生経験と知恵と、場合によっては神様の世界と交流をしているような、人生と向き合うところもあってもいいと思うし、占いという方法論の中で蓄積されてきた、言葉のストックがあるわけで、そういうものを使って自分とくらべてみるということもできるし、ただたんにコミュニケーションツールとして使ってもいいしいろんなタイプがあるというのを知っておいて頂きたいと思っています。


日笠
わたしは占いってほとんどしないんですよ。唯一占い的なことをするとしたら、年に一度くらい、すごくいい感じのとき、ふっと思ったときにおみくじを引くぐらい。「神様、どうぞおみくじとしていろんなメッセージをください」とおみくじを引きます。



ああ、それが日笠さんにとっての「占い」か。いわゆる神託ですね。それは素晴らしく正しいですね。神のくじですものね。



■占いをするときは幸せへの手がかりを見つければいい



ところで、日笠さんの手相観というのは、どういうものなんですか。


日笠
占い的にいうほうが簡単ですよね。でも占いで決めるなよ、とわたしは思ってるわけです。こんな大切なことを、決めるなよ、占いに頼るなよって思いますよね。占いもひとつの何かで使うならいいけど。だって手相なんかいくらでも変わるんだから。



もう少し説明していただけます? いくらでも変わるなら観る意味もないじゃないですか。指針として使えます?


日笠
「今、喜びが少ないから太陽線が薄い」「希望がないしどうしたらいいかわからないから、流れも薄い」でも話してる20分、30分の間に、答えが見えてきてその人にエネルギーが湧いてくると、もう30分前とは違うんですよ。「こんなに濃くなった!」「ホントだー!」みたいになります。



セラピーの効果がわかる血圧計のようなものですね。バイタルが下がっていたけど、話していくうちにバイタルがあがりましたね、もう、大丈夫というような。


日笠
うん、そうでしょうね。あとはどうにでも解釈していい。この線はこっちに伸びればこうなるし、こっちならこうなる、とすごくシンプルにみていけばいいんです。そこを伝えてるって感じかな。

わたしは、自分の解釈でしかないから、きちんとした手相観ではないんですよ。



そういう意味でいったらきちんとした手相観なんてどこにもいないんですよ。つまり、そこはサイエンスと違うところです。科学は一応、誰がやっても同じ結果を導くことができる前提ですが、占いや手相観は違いますからね。ザ・手相というのは存在しないはず。実証しようがないですから。そのことをわかっていない人がインチキなんですよ。これが正解です、と言えてしまう人が。


日笠
占いをするときは、みんな、何か手がかりがほしくて占いますよね。解決に近づくため、幸せになる何か手がかりを探せばいいだけです。悪い結果とか、そんなものにひきずられなくてもいいのに、と思います。みんなもっと占いを自由に活用したほうがいいんですよ。占いをもっと自分のものにしたほうがいいと思うんです。占いは外にあるものではないんです。



全部自分で、というのに人は苦しんでいるということもあります。昔は神様とか権威者がいたから、或いは社会の「常識」みたいなものが強烈にあったから、結婚して子育てしなくちゃいけない、みたいな。だから自動的に結婚していくコースがあった。自分のことを自分で決めなくてよかった。でもそのかわり苦しかった。自由に生きられなかったから。で、やっと自由に何でも選び取れる社会になった。そうしたら今度は何でも自分で決めなくてはいけなくなったから、そのしんどさが発生した。そのときに占いみたいなものが外側にちょっとあるのは意味があるのかもしれません。


日笠
うん、それはいいですね。



でもすべてを投げ渡したら昔と同じことだから、それは危ないし、つまらないことですよね。


日笠
わたしを信じて来てくれても、全部そこで今日ここで決めますみたいな人にはがっかりするし、そうするとお説教して全部考え方を変えて帰ってもらってます。



カウンセリングとか心理療法の世界だと、ものすごい達人が書かれておられました。我々のところにきても悩みは解決しません、深まりますと言ってます(笑) それはとても深い意味合いでいってるんですが。でもこういう世知辛い世の中だと、ビリーフセラピーといって、たった数回で結果をだせるというのが流行してきています。


日笠
占いの活用方法というのは、説くものでもないし、教えてもらうものでもないのだけど、みんな占いから自由になったほうがいいなって思いますね。

私自身も遊びとしての占いをもっとできるようになれればいいなって思います。そういう無邪気さがあれば自分の老後がもっと楽しくなるなって。例えば1杯のコーヒーの飲み残しからでも森羅万象のどんなものからでも何でも占いの材料として活用できるから、それを自分で占って楽しみたいですね。



占いを通して世界に表れてる世界のシンボルを楽しめるようになるってことですね。Signature(シグネシャー)を書くのはまさに手ですから、Sign(サイン)ですね。これは記号ではなくルネサンスの時代によくいわれた、本当に深い意味でのシンボルです。

(了)

ー 他コンテンツ紹介 ー

日笠雅水(ひかさ まさみ) プロフィール

日笠雅水さんのテソーミルーム ほぼ日出張所
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