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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.47 シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える3
2018/10/12

シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える 1

シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える 2

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シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える【3】
   加藤之晴×鏡リュウジ
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組織宗教と民俗宗教もそうですかね? 先日、あるロンドン大学の先生と話をしていたとき、その方は区別をけっこうするんですよね。「そういうのは、フォークリリジョン(民俗宗教)だから、といってちょっと低く見てしまう感覚を感じてしまった……。

加藤
その先生は、どういうのを「フォークリリジョン」と言っているのですか?


行者さんみたいな人ですね。

加藤
それは日本のアカデミズムの現場でも同じようなことはありますねえ。仏教教理や仏教思想を専門的に研究されている方のなかには、私が病気治しや占いといったことをやって人気を博している、シャーマン的な要素を持ったお坊さんのハナシをすると、「ああ、でも彼らはお坊さんじゃないからね」と言ったりする人もいますから。そうしたお坊さんたちの多くは真言宗なり天台宗なりで僧侶としての資格をもっていることをハナシのなかで伝えているのにもかかわらず、です。

フィールドワークで私が出会ったお寺の話をさせていただきますね。九州に長い歴史のあるお寺があるんですが、顔がふたつあるんですよ。17世紀初めごろまで遡れるほどの歴史ある寺であるにも関わらず、明治以降はほぼ廃寺同然となっていたその寺に、戦後昭和50年代に一人のお坊さんが入り込み、その寺を水子供養のお寺として復興したんですね。だから、その土地の歴史に興味のある人からすると、このお寺はその街の形成に直接結びつくほどの長い歴史のある、史跡としてのお寺ですが、別の人からすると、そこは水子供養をしてくれるお坊さんのいるお寺、つまり自身の苦悩を解消してくれることを思い願って逼迫した思いで訪れるお寺なんです。顔が二つあるっていうのはそういう意味。


全然くらべられないでしょうが、京都の鞍馬寺と似てますね。京都の人からすると鞍馬寺は天台宗の古いお寺ですが、明治の終わり頃から神智学が入り込んでいて、新しく生まれ変わった。今もその色は出ています。でも京都の人からするとずっと古くから「お寺」と思ったままでお参りにいっています。

加藤
いま私は、九州エリアで活動しているシャーマン的な要素を持った宗教者の研究をしているんですが、九州には、佐賀に仏教系新宗教の本山があるんです。仏教系新宗教というと、皆さんご存知なのは創価学会とか真如苑とかですね。でもここは、そうした皆さんがイメージするような教団とはだいぶ様子が異なっています。

この総本山は、九州地域のシャーマン的な素養を持った人の受け皿になっているんですよ。昭和世代になら「シャーマンの虎の穴」といえばより伝わるかも。シャーマン的な素養を持った人、もしも沖縄だったらユタになったかもしれないような人ですね。そういう人がここに修行にくるわけです。そして師匠のもとでお経を覚えたり、滝に打たれたりといった修行を重ねることによって、神・仏・先祖といった霊的存在との付き合い方を学び、占い・病気治しの根拠となるある種の霊能力を身に着ける。


で、独立していくと大元のところとはコンフリクトが起きるという……。

加藤
そう。そういうの、ありがちです。


フロイトのグループから巣分かれしていて、もともとはみんな同じことやっているんだけど、それぞれが新しいテクニックを導入していくという、精神分析の人たちと同じような感じがしますね(笑) 

どういう方がその仏教系新宗教の信者さんになっているんですか?

加藤
もともと檀家づきあいをしているお寺はあって、そこにちゃんとお墓があるけれど、占いや病気治しなど、いわゆる現世利益的なことは、こういうシャーマン的な存在を頼りにしているという人がほとんどですね。両方を巧みに使い分けているというかんじでしょうか。


19世紀末- 20世紀初頭のイギリスにおいて、スピリチュアリズム、神智学、儀式魔術というのは、オーバーラップするけれど、三つ巴になっているんです。

まず、スピリチュアリズムが先にあって、ヨーロッパ、インドにいって、世界宗教を作ろうとしたのが神智学。彼らは、スピリチュアリズム、つまりミディアムシップ(霊媒)のことを低くみるんですが、その理由は自我をのっとられてしまうから、というものです。儀式魔術の人たちも霊媒師をちょっと馬鹿にするところがある(笑)。

儀式魔術のひとたちは幽霊の存在を否定します。呪縛霊みたいなものを、三次元のレベルでの記憶の残滓みたいなもので、そんなものとコミュニケーションしてどうするんだ、と。ほんとうの魂はもっと高次なものにいっている、とします。

でも霊媒のひとたちは本物の死者の人格と交流していると思っているわけだからそのコミュニケーションを大事にしましょう、と。そういう考え方の違いがありました。

加藤
どっちにしても目に見えないものの存在は認めるんですね。


神智学や儀式魔術は、肉体をいくつかの層にして考えるんですよ。このへんの層に残っている、エーテル体みたいなものにそこにはアイデンティティの核はない、ということですね。

加藤
『ムー』的な雑誌界隈でよく目にする「残留思念」という言い方はそこから出てきたんですかね。意志の所在というのはいろんな宗教儀式を分ける基準として使えますね。そう思うと、やっぱり日本ではそこらへんはどうでもいいことのようですね。


そうそう、現代の魔術師や魔女たちは、パスワーキングという手法を使いますね。瞑想して異世界にいく。誘導瞑想でいろんなことをビジュアライズして霊的な世界にいって何かをみて帰ってきます。そのためには地図が必要で、その地図としてカバラの生命の樹なんかが使われたりします。僕はそういうのをよく見ているので、「脱魂型」というのはイメージしやすいですね。

加藤
なるほど。とはいえやっぱり、授業では学生に「脱魂型」をイメージしてもらうのが大変です。『サマーウォーズ』や『レディ・プレイヤー1』の世界がまさに「脱魂型」なんだよってことで、これからは推していこうと思っています。


たしかにそうですね。『ファイナルファンタジー』の世界とかもある種そうですね。ロールプレイングゲーム。自分の代わりにヒーローになって鬼退治して帰ってくる。現実世界は変わらないけれどね。『ドラゴンクエスト』とかも。

現実世界と異世界に明確な区別があるということですね。では『マトリックス』は違いますよね。夢オチものですから。あ、そうだ、エンデの『はてしない物語』はどうですか? 本の世界に入っていって、いじめられっこが現実世界で元気になる。自分で自分を癒やす。

加藤
シャーマンの本来の役割は、端的に言えば他人を、癒やすことなので、厳密にいうと違うけれども、シャーマン的感性がなければ生み出されない作品ではありますよね。


チャネリングは憑依型でしょうかね。UFOに連れ去られたというような人は脱魂型といえますか?

加藤
そうですね。佐々木先生は、チャネラーは現代の状況にフィットしたかたちであらわれたシャーマンではないかと言っています(『宗教人類学』講談社、1995)。

「UFOに連れ去れた人」は脱魂型……確かにそういう見方もできる、かなー。
そうそう、最近のトレンド的なことでいうと、現代のシャーマン的特質を持った人たちのなかには、たとえばレイキを学んだりして、仏教・神道に加えてスピリチュアルやニューエイジ系の理念・実践と融合している人も多い。間違いなく増加の傾向にあると言えます。


そうか、西洋でもチャネラーのようなタイプが多発するようになっている。霊的な生態系が交雑していくようになっている。その行方もまだまだ目が離せないですね。

(了)

ー 他コンテンツ紹介 ー

加藤之晴(かとう ゆきはる) プロフィール

加藤之晴(かとう ゆきはる)
1965年生まれ。静岡県浜松市出身。駒澤大学・国士舘大学など非常勤講師。専攻は宗教学・宗教人類学。宗教オンチの両親によって、キリスト教系新宗教の全寮制高校に放り込まれたものの、日々の生活について行けずに2ヶ月で退学したことがきっかけとなって宗教に興味を持ち始める。現在は九州地方のシャーマニズムを中心とした宗教文化について、フィールドワークに基づいて研究中。霊感はありません。

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