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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.23 「心理占星術」見直し 3
2014/6/16

●性格は運命なり


ソクラテス以前のヘラクレイトスという哲学者の「性格は運命なり」という思想がありますよね。外から押し付けられた基準によって自分を規定したり、価値を判断したりするんじゃなくて、内なる性格を磨きあげていくことによってこそ、自分の運命と向き合い、その手にしていくことができる、あるいはそういう感覚を得ることができるんだ、と。

アラン・レオの占星術上の信条はこれですよね。ソウルメイキングからの心理占星術という流れに接続していってます。


性格が運命なり、というのはアラン・レオのモットーでしたし、元型的心理学のジェイムズ・ヒルマンの『魂のコード』でも繰り返されるライトモチーフ。

生まれる前と死んでからの進化というのをバッサリ切り捨てて、生きてる間の心の成長ということを考えると、発達論的心理学の中でおさまる。

死んだあとに何とかと言い出すと、一見オカルトに見えるんだけど、じつはそこにも連続性があって、ルネサンスの占星術やヘルメス思想というのは人間の魂は星からきていて、星という天使によってダイモーンが導かれている、という発想があった。

心理占星術は、いい悪いはべつとして、「心の時代」といわれ個人が自分の意思で成長できる、という現代のメンタリティにフィットしたっていうこと。


鏡さんの好きな占星術の“傾向”は?


ぼくはやはりリズ・グリーン的なものが好き。マギー・ハイドさんなんかは批判的なんだけど、それはなぜかというと、魂の設計図がチャートにはあるというふうにリズ・グリーンの著作から読めてしまうところがあって、そうなると、変われるっていっても限定的になってしまうから運命論的じゃないか、と。

ホラリー占星術みたいに、その時その時のことを取り込んでいかないと、結局宿命論になってしまうというのが、マギーさんと前出のジェフリーさんたちの考え。実はこれは鋭くて、その通りだし、ジェフリーさんやマギーさんの業績はもっともっと評価されるべきだと思っています。

とはいえ、ぼくはリズ・グリーンの象徴解釈には、もう、うっとりするほど。たとえ話の神話の引用の仕方とか、圧倒的な知識量と鮮やかな解釈は素晴らしい。えーっと、拙訳の『占星学』をぜひ読んで頂きたいですが(笑)

『占星学』
http://www.amazon.co.jp/dp/479176725X




そうそう、冒頭で心理占星術のパイオニアといったルディアがすごいのは、1930年代から統計的なアプローチを批判しているんだよね。じつはリズ・グリーンはそこはスルーしている。


●現代の占星術はすべからく心理占星術か



心理占星術といったときに、心理的なものに対する言及だったりとか、例えば、火星はリビドーと解釈するといったものって、ある種もう一般化してますよね。だから現代で占星術というと、ほぼ心理占星術になると思うんですよ。

現代占星術は心理占星術化したという前提を立てておかないと意味がなくて、たとえばセルフというのをチャートのどこで見出すのかというと、太陽という人もいれば、MCとICのラインだとか、人によって解釈が違う。つまり、心理占星術というのは心理占星術家の数だけ存在するんですよね。


だから古典派の一部の人はダメだとも言うんだよね。ルールがない。ルールを学べば正しくホロスコープが読めますというのが一部の古典派の人たちだから。

鑑定で悩みにどう対処していくかとなると心理占星術に踏み込んでいくことになる。ホラリー占星術が歯がゆいのは、古典派をやっている人たちの原理主義的な人たちが、正しいルールを使うから正しい結果になるみたいな話とは本来違うと思うんだよね。



●占いをしていいタイミング



僕の理解ですが……たとえば経済状況が悪いとき、神との交渉手段として、変えるためにどうするかというまじないですよね。積極的に働きかけるひとつの手段ないしきっかけとして、本来、ホラリーはあると思います。卦をたてて歩調を整えるのと同じ。それをやってそれをどう捉えていくかという、つまり、運命というのは変えていくことができるという実践として、伝統占星術という営みはあったんだと思います。


それがギリシャ語のカターキーと呼ばれるもので、イニシアティブという意味。もうひとつ、ホラリーというのは、操作性が低いというか……適当にやって当てるわけじゃないから。最初にこのホロスコープが有効かどうかをまずジャッジしなくちゃいけない。


月がボイドだったらみないとか。


そう、みんなルールだけ覚えているけど、ではなぜそうなったかっていうと、その問いかけに対して神々が答えているかどうか、ということをまずジャッジしているんじゃないかと思うのです。

日本の占いでは、これを占う機会と書いて「占機」(せんき)といいます。占いされる側もする側もその占機がちゃんと正しいときだけに占いが当たるといわれている。でもなかなかそこまではいかない。だから真剣に自発的にそういうときになったときが占いのタイミングということ。


タロットとかもそうですよね。シャッフルするときに占われる側にまぜさせると、たまに全然まざらないときがあります。でもスッといけるときはスッといける。スッといけたときの方が自然と当たる気がする。


でもそこで意識しなければいけないのは、それが西洋での魔術の領域に入ってしまうということ。それでは神々が直接語りかけるということになる。でもそれはキリスト教の預言者以外はやってはいけない話で、異端ということになってくる。それでルールの中での天気予報なんかだったらいいということになってる。

ギリギリすれすれの話になって、占う側の心の状態が極めて大事になる。人間の心が霊的なものとつながっているということになるから。

近代の心理学はアンビバレントな状況にたっていて、ユングなんかは神話的な、霊的な世界とつながるところに心を置いてしまったことになる。そうすると異端すれすれになってしまうということ。


占いやってるだけで異端だと思われていたわけではないってことですね。


●人間の心を扱えるのは神のみなのか



西洋占星術は、自然界の現象の話だったらOKだったけど、星の神々がという話になったらダメだった。


「告白」を書いた古代キリスト教最大の教父アウグゥスティヌスはわかりやすく批判していて、自由意志を正しく行使する、つまり自分の罪を自分で引き受けるというなら占星術はいいけれど、そうではなくて自分の罪を星のせいにした瞬間にそれは違ってくる。それはむしろ人間の高慢さを増長させる。つまり占星術は、責任転嫁の道具となりえ、その限りにおいて人をむしろ堕落させる、と。


伝統占星術の急先鋒だったオリビア・バークレイさんがご存命だったときに、印象的なことを言われた思い出があります。心理占星術は傲慢だとおっしゃったんですよ。それは越権行為であり、人間の心を扱えるのは聖職者だけだと。

これには、ああ、さすがにキリスト教の伝統があるんだとはっとさせられました。でも実際にはそんなに簡単にはわけられないけどね。


アウグゥスティヌスのように、古代のキリスト教の聖職者たちが言っていた占星術師への指摘ってけっこう、現代にも通じるところがあります。

「わたしは太陽が牡羊座だから」と言った瞬間にやってはいけないことをしている可能性が生じている。自分じゃなくて星のせいにしていないか、という自問や自覚が絶えず必要になってくる。オリビア・バークレイが言っていたことはずっとずっと言われていたこと。

フィチーノも占星術師を批判したりしてますが、それはやっぱり軽々しく占星術を使ったりとか、言及したりとか、本来のアンビバレント性みたいなもの雑に扱って言及したりする人たちに対して、すごく厳しいんですね。

まさに最初に鏡さんが言っていた「占星術の敵は占星術師」ということです。


ケプラーとかもそうだしね。まあ、仲間割れっていうのはよくある話(笑)


確かによくある(笑)。そういう意味でも、占星術がすべからく心理占星術化している今、鑑定現場というのは、かなりグレーな領域に踏み込んでいく分水嶺みたいになってますね。


それは「心」とか「魂」をどんなふうに考えているかという人生観とかかわってくるような気がするな。


僕の立場としては、心理占星術的なものの大切な部分は、物語的な解釈だと思ってるんです。

厳しい現実を目の前にしたとき、人は直で受けることってほとんどできない。なんらかの物語とか解釈にいったん変換したうえで記憶するじゃないですか。だから現代占星術といえばすべからく心理占星術といったけど、心はすべからく物語的だと思うんです。

その物語的な、心に接続しやすいひとつのツール、物語的なコトバとして、心理占星術は存在価値があると考えています。逆に言えば、物語としての深みや普遍性を多少なりとも獲得できないならば価値はない。

「魂」というものをどんな風に考えるか、ということと結びつけてひとつ言及するなら、物語というのは必ず不完全さや欠損から始まり、展開していくということでしょうか。


心理占星術の最大の貢献は、それまでやっていなかった象徴の解釈を深めて広めたってことだよね。そのことによって初めて知的な人たちにも、占星術を受け入れさせるようになった。その礎を築いたのがアラン・レオなんだよね。だから彼を通すことによって、現代人のメンタリティも浮かび上がってくるなじゃないか、と思う。

レオは近代から現代への過渡期において、時代の中で揺らいだ精神性と向き合い、そのなかで占星術をとらえ位置づけようとした。それは古代の星からの魂という系譜を引き継ぎながら、現代の心理学へと続いていく重要な位置を占めています。今のようなメデイア占星術の祖でもあると同時に、古代からの秘教的思考の継承者でもあったということ見逃して見くびるのはあまりにももったいない。

レオについてはもう少しみていくことにしませんか?


レオから現代の占星術を逆照射するということですね。ぜひしていきましょう。



ー 他コンテンツ紹介 ー

シュガー プロフィール

Sugar(シュガー)
1983年生まれ。サラリーマンを経て、占い師。現在、個人鑑定・講座・執筆活動中。
鏡リュウジとの最初の出会いは、「ユリイカ」に掲載されていたシュタイナー研究で著名な美学者・高橋巌氏へのインタビュー。この時に覚えた違和感が、占星術へハマるきっかけに。慶応大哲学科卒。男性占い師ユニットNOTFORSALEメンバー。

●特技はどこでもすぐ寝ること
●ソウルフードは中本の冷やし味噌ラーメン

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