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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.27 本当のカバラーを知ろう 1
2015/1/16

ゲスト:山本伸一先生

【山本伸一】
1979年福岡県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科修了(2011年)。 博士(文学)。博士論文は『シャブタイ派思想における反規範主義の起源と展開』。2012年 より、日本学術振興会特別研究員。カバラーの思想と歴史を研究。論文に、「シャブタイ派思想の霊魂転生論」、『死生学研究』15号。「ハイム・ヴィタルの交霊術に見る実践と理論」、『スピリチュアリ ティーの宗教史』下巻(リトン)など。


■カバリストは何をしている人たちなのか



われわれ「オカ研」はもちろん、オカルト研究会ということなのですが、オカルトといえば「カバラー」というわけで、今回は新年特別ゲスト・山本伸一先生をゲストにお迎えいたします。

「カバラー」というとオカルト好きな人はもちろん耳にしたことがあると思います。ユダヤの密教、西洋の魔術の根幹、そこにまつわる陰謀めいた歴史?あるいはいわゆる数占いというところで思い出す人もいるでしょう。

ある程度の年代以上の人だと、アニメの『エヴァンゲリオン』のオープニングに、カバラーの宇宙図の「セフィロートの樹」がバーンと出てきているので、インパクトは大きいですよね。

カバラーこそオカルトの根幹であるというイメージが強いのではないでしょうか。実際、19世紀末以降の西洋魔術はいわゆる「カバラー」のセフィロートの木を中心においていて、ぼくもイギリスの魔術の勉強をしたときにはその洗礼を受けました。

タロットも視覚化されたカバラーである、という説も以前はあったりして。でも、一方で、ショーレム(1897-1982 思想家。ユダヤ神秘主義=カバラー の世界的権威者)の著作なんかにも触れていたので、いわゆる魔術的なカバラーと、歴史的なカバラーは区別しているつもりです。

ただ、そうした歴史的カバラーの実態となると日本では知るすべはほとんどなかったわけで…。ヘブライ語、アラム語など原典できちんとテキストを読まれている山本さんにぜひいろいろお伺いしたいなあと…。


【山本】
基本的なところからお話しましょうか。カバラーを深めているカバリストと呼ばれる人たちは、何をやっているのかといいますと、彼らも聖書の解釈を行っています。この解釈の仕方にもいろいろあって、テキストから読み取れる表面的なものだけではなく、テキストに書かれていないことについて本当はどういう意味なんだろうと読んでいくという解釈もあります。その深い解釈が体系化されてカバラーになっていくんです。

年代的には12世紀後半、南フランスのプロヴァンス地方で成立したと言えるでしょう。もちろんその前からいわゆる古代ユダヤ神秘思想というものがありました。たとえば、イェツラーの書(形成の書)やメルカバー神秘主義というものがあります。イェツラーの書はカバラーの聖典とされることが多いのですが、カバラーとは呼びがたい。ラビ(律法学者)たちが意識的にカバラー文献を書き残しはじめたのが12世紀後半なんです。そこがカバラー研究ではカバラーの誕生ということになっています。



それは学術的な意味での、つまりは「外から」見たときのカバラー史観ですよね。でも、内側から、つまりカバリスト側からすると、聖書には表面的な解釈では語り尽くせない、何か真実なり真理というものが隠されていて、それらを自分たちが創り出しているのではなく、発掘しているということですね。カバラーを「発明」したとということではないんでしょう?

カバラーの実践者たちからすると、永遠なる真理というものがこの世ならざるところから歴史を超えて存在しているということになるわけですよね?


【山本】
はい、だからカバリストたちがよくやる、とくに古典カバリストたちがよくやるのは、本を書いたとき、自分が書いたというのではなく、たとえば「イェツラーの書」ではアブラハムが書いたということになっています。ユダヤ人の祖先で、最初に神の啓示を受けた人ですね。

「ゾーハル(光輝の書)」だと1〜2世紀にパレスチナで生きていたタルムード(律法)のラビ・シムオン・バル・ヨハイが書いたことになっています。

ある意味それは、偽書文学なんですが、聖書の奥に隠された教えというのは、それぐらい古い時代から伝わっているという、そういう共通の認識があったからなんです。



そもそも、個人が自分のオリジナルとして書いたものがよしとされるのは新しい発想ですよね。仏教でも埋蔵経なんていうのがありますから。自分で書いた経典をわざわざどっかに隠しておいて、「ほおら、こんなのが時機を得て今出てきた」なんてやるという…。


【山本】
ところが、自分の名前で書き始めることとカバラーの誕生には大きな関わりがあります。それまでは誰が書いたかわからなかったわけです。カバラーが出てきてからみんなが名前を出し始めます。それも12〜3世紀に新しい現象が生まれたんだという、学説が特定できる1つのヒントになります。



うわあ、それは重要なポイントですね。僕たちの怪しいカバラーの印象とは随分違う。実名で発表できるということは、カバラーはユダヤ教圏内において、異端ではない正統的なものだということになりますよね?


【山本】
異端ではないですが、変わった考え方ということで敬遠されているところはありました。例えば、マイモニデス(1135-1204 ユダヤ教のラビ)なんかは、カバラーに権威はないと考えていました。彼はエジプトに住んでいて、スペインや南仏で起こっていることを海の向こうでちょっと怪しげなことをやっている、と見ていたようです。



■宮廷文化が開花した時代に成立したカバラー



カバラーはなぜスペインや南仏で発達していったのでしょうか?


【山本】
当時のイベリア半島というのは、ユダヤ人が行きやすかったことがあります。中世のユダヤ哲学はあそこで発達しています。宮廷文化にユダヤ人がかなり入り込んで医者にもなるし詩作もするし、という時代でした。

もうひとつ良かったことがあるとすれば、10〜11世紀にかけてドイツやフランスでユダヤ教のいわゆる正統的なタルムード(古代のラビたちの議論を集めた書物) の研究というのが非常に盛んだったということがあります。

今でもタルムードの勉強をするときに欠かせない注解書を書いたラシ(1040-1105)という人物が出てきたりしていますが、彼らは第一回から三回までの十字軍が起こり、ほとんどのユダヤ人共同体が壊滅的な被害をうけてしまったとき、ポーランドの方に逃げたんです。

必然的にそこに空白地帯ができて、ではどこに学問の中心地ができるかというと、南フランスとかスペインの地中海エリアになっていったんです。



なるほど。ちょうど占星術が、キリスト教がローマ帝国の国教となって以降西欧で廃れていたのが、12世紀にイスラム圏からラテン世界へ諸学問が移入される流れの中で復興していくのと同じようなところがあるんですね。



オカ研なので、オカルトにまつわることをいうと、その頃12-13世紀の南仏というのは我々はときめいてしまうんですよ。トルバドール(吟遊詩人)が活躍し、キリスト教ではグノーシス主義的異端のカタリ派も出てきて。イスラムとの交流も盛んだった時代です。聖杯伝承などもここで盛り上がりますし、地域的にも黒いマリアがたくさんある。時代は16世紀まで下りますが、ノストラダムスが出るのも南仏です。


ゾーハル(光輝の書)でもずいぶん、神の女性的な側面についての記述が出てきますよね。あのエリアはオカルト&ムー的にいうと、女神文化なんですよ。イスラムの文学の中からもエロティックなものが出てきて。


【山本】
そこはカバラー研究者も意識していて、トルバドール文学というのは、ゾーハル(光輝の書)に与えた影響はかなりあるんじゃないかと言われています。

ゾーハル(光輝の書)の中にこういう話しがあります。たとえ話なんですが、カバリスト、或いは律法の秘密を探求しているラビが、その秘密を探し求めるときの話です。

塔の中に何年も閉じ込められている乙女がいて、その乙女は泣き暮らして目が見えなくなってしまう。そこにある男がその乙女を助けにいく。けれど乙女は塔の中に幽閉されているから姿は見えない。でも時々ちらっと顔を出す、という話。

乙女がトーラー(律法)というたとえなんですが、それを何とか機会をとらえて、彼女と目を合わせて、彼女は何がほしいか、どうしてほしいかを男はわからなければならない、という恋愛めいた比喩で律法を探ることを表したりするんですね。



おお、まさに宮廷愛ですね。トルバドール的。穢れなき乙女にたいして騎士が忠誠を誓い、全身全霊をかけながら一線を超えない。アーサー王の騎士たちの世界。いわゆる恋愛…ロマンチック・ラブというものが誕生した時代と重なります。そこに神秘性を見るという…。


【山本】
明確な証拠はないんですが、ゾーハル(光輝の書)が書かれたスペインの北部は、当時はキリスト教圏になっていますから、トルバドール文学が影響を与えていると思います。



一方で、先日の朝日カルチャーでの山本さんの講座でも伺ったのですが、カバリストたちはほかの宗教や思想からの影響を受けたとしても、それを明文化してテキストのなかで参照したり、言及したりはしないんですよね。だから、影響関係を証明しにくい。



【山本】
はい、他の宗教についても読んでいるはずだし、聞いてるはずなんですけどね。キリスト教やイスラム教のことはいわないんです。



■聖書の中の矛盾にこそ、意味がある!?



永遠の叡智、歴史を越えた真実というものがあるかどうかは我々にはわかりません。けれど、カバリストたちはそれを信じていて、聖書ないし聖書周辺の正統的なテキストをべつの読み方をしてその真実をつかみとることができると信じて、そういう手法を開発していった人たちであり、ひとつの体系であると理解していいわけですね。いわば、「聖書の深読み人」たちであると(笑)

でも、聖典を字義的に読んでいても浅い、真理の真理はもっと深い階層での読み方をしなければつかめない、だからそれに挑もう、という態度はカバラーの専売特許ではなくて、さまざまな宗教にも見られる特徴ではないかと思うんです。

すぐ思い出すところでは、英国の占星術の大家であるジェフリー・コーネリアス博士の著書で知ったことなんですけれど、初期―中世のカトリックでは聖書を4つのレベルで解釈していた。

文字は事実を
アレゴリーは汝が信ずべきところを
モラリテイはいかに行動すべきか
アナゴギイ(予示は何を望むべきか、を教える) 

このような見方はオリゲネスからアクイナス、ダンテにまだ流れ込んでいるそうですね。


【山本】
カバラーでも解釈の層は4つです。カバラーの場合は、一番表面的な解釈の仕方は、プシャットという単純な解釈 、次がレメズという比喩的な解釈、それにドラシャーという訓育的な解釈、ソードという秘密の解釈が続きます。4つでそれぞれの頭文字をとるとパルデス、英語のパラダイス(楽園)と同じ起源の言葉でヘブライ語だと果樹園という意味になります。

聖書には矛盾しているところがありますが、そこに隠された秘密があるのではないかとカバリストは考えます。

歴史的に見ると、聖書は最初から一人の人が体系的に書いたものではなく、いくつかのテキストが時代を通じてパッチワーク的に編纂されたものですから、矛盾があって当然なのですが、カバラーではそうは考えない。聖書は真理の書なのだから、矛盾は逆に真理に接近するための鍵ともなる。その矛盾を解決するために、さまざまな「読み方」が登場するわけですが、そのなかの一つでは聖書に書かれている物語をあえて逆に読むというやり方をします。

例えば、創世記でアダムとイブが神の命令に背いて知恵の木から実をとって食べてエデンが追放されますね。聖書にはそういうふうに書いているんだけれども、たとえばゾーハル(光輝の書)は、こういうふうに問うんです。「あれは誰が誰をエデンから追放したのか」と。

もちろん、我々は神がアダムを追放したとわかっているけれど、ゾーハル(光輝の書)はあえてそこを問いなおす。いや、神がアダムを追放したのではなく、逆だ。アダムが神を追放したのだ、と言うんです。

じつはこれはヘブライ語で書かれた聖書を読むと、確かに必ずしも神がアダムを追放したとは明言していない 。だから、カバリストはひとひねり加えて、アダムが神の臨在(シェヒナー)を追放したと読み替えるんです。これがまったく根拠がないことかというとそんなことはなくて、カバラー的な考えをすると納得できるんです。

エデンの園でアダムが人類史上最初の罪を冒したことによって何が起こったか。本当は完全な調和がとれていた神の世界の「その調和」が崩壊するんです。それによって何がおこるかというと、セフィロート(生命の樹)の一番下に神の王国とか王権と言われる臨在というものがあるんですけど、そこがまず切れることになります。

だからアダムがやったことは何かというと、エデンの園で調和がとれていた神の世界から、その最下部の臨在を切り離して神の一部を追放してしまった。カバラー的に考えると、確かに聖書の文言をそういうふうに読むことはできるというわけです。

僕は他の宗教の秘儀的解釈というのがあるかどうかを比較してみたことはないですが、カバラーの特徴的な解釈は、矛盾の中に秘密の意味を探す、或いは聖書に書かれている物語の裏を取って逆の読み方をしていく、それによってほんとはそこに何が起こっていたのかという、深い世界の物語が見えてくるということにあります。



19世紀末にできたゴールデン・ドーン(黄金の夜明け団)でもアダムとイブの堕落以前の樹と、堕落あとの樹を図にしています。アダムが神を追放した、というような大胆な解釈はあったかどうか知らないですけれど、いずれにしても、失楽園前の理想状態に戻すのが魔術修行の根本にあるというわけで。


【山本】
ところで、近代オカルトの世界に最初にカバラーをもってきた人はエリファス・レヴィあたりでしょうか?



もちろんルーツはルネサンス時代の魔術思想家たちでしょう。フィチーノとか。ピコ・デラ・ミランドーラのキリスト教カバラー、キルヒャーなどなど。レヴィはそれらを読んでいたはずで、レヴィは近代魔術の世界にカバラーをもってきたと一般的には言われています。

ただ、レヴィはずいぶん自由にカバラーをロマン化したわけです。たとえば、カバラーとタロットを直接対応させたというのはレヴィの発想のスゴさというか…。

その直後に影響下にあるフランスやイギリスのオカルティストたちが魔術結社を作り出したというわけです。レヴィ以降、ユダヤ教と関係なく、カバラーの体系を取り入れて個人が神的存在になれるというシステムを作ったということに一応なっています。

だからこそ歴史性を重視する研究者からすると、近代の魔術的カバラーと歴史的カバラーは直接的には関係ない、場合によってはショーレムがいうように、アレイスター・クロウリーなどはカバラーをとんでもなく歪曲した無知な山師ということになるんでしょうけれど…。

面白いのは、ユング派分析家のリズ・グリーンの最近の博士論文で、19世紀末のオカルトカバラは、そうはいっても歴史的なカバラーとある種の連続性があったという指摘があるんですが…どうなんでしょう。

ところでキリスト教のグノーシス派なんかも、イブを誘惑したヘビこそが神だったという解釈をしていますし、矛盾を真理へのコードとして読み替え、解読しようとするのは、他の神秘思想にもあるでしょう。ただ、あそこまで徹底してテキストの文字にこだわり続けているのがカバラーの特徴かと思えてきます……。文字を数字に置き換えたり、文字の順序を変えるとか…。


(つづく)

ー 他コンテンツ紹介 ー

シュガー プロフィール

Sugar(シュガー)
1983年生まれ。サラリーマンを経て、占い師。現在、個人鑑定・講座・執筆活動中。
鏡リュウジとの最初の出会いは、「ユリイカ」に掲載されていたシュタイナー研究で著名な美学者・高橋巌氏へのインタビュー。この時に覚えた違和感が、占星術へハマるきっかけに。慶応大哲学科卒。男性占い師ユニットNOTFORSALEメンバー。

●特技はどこでもすぐ寝ること
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