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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.33 タロット好きは必見!「ニキ・ド・サンファル」展 1
2015/12/4

 
今日はちょっと趣向を変えて一緒に国立新美術館に「ニキ・ド・サンファル」展を見てきました。なんかちょっとアニメキャラみたいな名前ですが、まず鏡さんが彼女のことを知ったきっかけから教えてください。



それがお恥ずかしながら…ニキのことを知ったのも実はタロット経由なんですよ。逆にいえばタロットマニアなら、ニキのことは知っているんじゃないかな。

イタリアのトスカーナにニキが制作した「タロットガーデン」というのがあって、これがタロットファンの間では有名なんですよ。タロットのモチーフが巨大な立体作品として立ち並んでいるという。そのひとつのなかでアーティスト自身が客を迎えるスペースを作っているとか、すごいでしょう。残念ながら僕もまだ実際に探訪したことはないんだけど…。

そんなこんなでじつは、タロットをきっかにして知ったのでタロッティストだと勘違いしていたくらいで、前衛的でおしゃれな現代アーティストとして有名というのは、後から知りました。

「タロットガーデン」の本も当然持っていたけど、あまり僕の好みではなかったからそこから深く知ることもなかったくらい。でも今回、日本で大きな展覧会があるというので見たかったというわけ。



好みじゃないというのは、前衛的で現代アートっぽい表現だからですか?



うーん、ポップすぎたのかな。若い頃はもっとクラシックだったり、オカルト的なタロットが好きだったということもあったし。狭義の意味でなにか体系的なシンボリズムや歴史があるほうがいいと思っていたんだな。ニキの作品はより作者の創造性が全面に出ていたから、なんだか勝手に作っているなあ、アートがわからん僕には遠いなあ、などと感じたのかもね。でも、それって僕自身の準備ができていなかったというか頭でっかちだったんだと思います。

今回の展覧会で見たら、すごく楽しめたし、よかった! 実際、ニキの作品は立体だということもあって、図録や写真集ではその魅力が十分には伝わらないと思います。絵画作品なら図録でも案外、理解できるところがあるだろうけれど、ニキの作品はぜひ現物を見ないともったいないですね。



以前に鏡さんのイギリスツアーに参加させてもらった時、アイルランドの現代女神信仰の聖地とされているようなお城にいきましたよね?

お城の一階部分でしたっけ。とにかく居住スペースではない地下室などがすべて女神崇拝の図像やモチーフで装飾されていて、ちょっとキッチュな雰囲気が濃厚に漂ってましたが、今回の展示を見ていて、個人的にはそこを思い出しました。



あ、確かにどことなく似ている雰囲気があるよね。アイルランドにある、世界中の女神信仰者のネットワーク「イシス友邦団」(Fellowship of ISIS)の総本山クロンガル城。

残念ながら創立者のオリビア・ロバートソンさんは最近お亡くなりになってしまったけれど…僕は生前に数度お目にかかってインタビューもできたのは幸いでした。
 
オリビアさんが啓示を受けて女神の霊性を大事にした文化を復興させようとしたんだよね。会には出入りはむろん自由で、本当に緩やかなネットワークだったし、たくさんの魔法関係者から慕われていた人だった。HPにそのお城のヴァーチャルツアーがあるから、興味があったら見てみて。

http://www.fellowshipofisis.com/


イシス友邦団のマニフェストは76年に出ているそうだけど、70年代から80年代には、一種の女神スピリチュアリティというか、古代にあった(あったと仮定された)女神を中心とする文化を復興させようという動きがすごく盛り上がっていた。

男性一神教の社会のなかでは女性性が抑圧され疎外され、環境破壊や差別、戦争などさまざまな問題を生み出していると考えて女神をシンボルとして女性たちが声を上げ始めた。こうした動きは「オルタナティブ」な価値観としての占星術やタロット、魔法の世界とも深くかかわっているのです。

この動きがどのくらい盛り上がっていたかというと、80年代には、あのアメリカの大手出版社ハーパーアンドロウ社がそうした運動をリードする人たちのインタビューや文献、絵画などを紹介するカタログを出しているくらい。ネット時代以前だから、こうしたカタログやソースブックが重要な情報源になったし、運動がマイナーならこんなソースブックは大手出版社から出なかったでしょうからね。





おー、この表紙。どことなくニキ展に出てくる鮮やかな色彩と奔放なフォルムのナナシリーズっぽいですね。



こちらの表紙はレスリー・ボウマンというアーテイストのもの。

残念ながら、ざっとみてもニキの名前はこのカタログのインデックスには見つけられないんだけれど、明らかにニキもその系譜の中に位置づけられると思うわけ。そもそも、ニキの作品を年代順に見ても「自由な女性性」が重要なテーマになっていることが明白で…。はっきりとウイメンズ・スピリチュアリティと関連がわかるのはやっぱりナナだよね。

ニキは友人の女性が妊娠した姿を見て、いわゆるグラビアガールのような、男性目線で理想化された女性ではない、ふくよかで原始的な生命力に満ちた一連の女性の像を生み出し始めた。今回の図録によると「ナナ」という名前はとくに誰かを示したものではなく、フランス語で「娘」を意味するスラングであるということ。

とてもカラフルでポップな作品だけれど、その形はどしりとした石器時代の女神的な女性像と驚くほど似ている。今回の図録にはこんなふうに書いてあった。

「…潜在的に妊娠した女性を暗示している。作品を見た当時のジャーナリストや批評家たちは、ナナを見て胸部や臀部が誇張されたレスピューグのヴィーナスやヴレンドルフのヴィーナスを思い浮かべた」



はい、僕も真っ先に思い浮かべました。それからナナというネーミングも、フランス語分からないので、最初は古代シュメールの地母神で豊饒や愛、戦いを司るイナンナから来ているのかなって。でも彼女は幼少期からエジプトや古代オリエントの神話に親しんでいたそうなので、ひょっとしたらそうした記憶の残響があったんじゃないかなあ、なんて想像も働きます。そして、そこからさらに歴史を遡ろうとした。




石器時代の地母神像だよね。

ニキは「そうした女神たちをナナ誕生後に知った」上で、「自らが生み出したナナと原始時代の女神像との共通性を認める事になる。ニキは無意識のうちに太古の地母神と共鳴し、母権制を象徴する現代の女神像を作り上げたのあった」ということになる。
(こちらも図録より)

大地的な生産性と男性に依存しない自由で自立した生命力をいかんなく表現しているエネルギーに満ちた作品だよね。なにより楽しい。

もし本当にニキの無意識からこのようなイメージが完全になんの情報もなく自然発生的に生まれたとすれば、これはユングの元型論をまさに立証することになるわけだけど、でも、本当にそうかどうかは僕はちょっとだけ慎重になりたいな。

たとえばユング派のエーリッヒ・ノイマンは、太古からの女神元型を集めた『グレートマザー』という巨大な本を1955年には出しているし、ナナは1960年代の作品だから、ニキが関わっていたような知的人脈の中で、このような図像をどこかで見ている可能性は低くないとは思うんだよね。

研究者のみなさんにはこのあたり、ニキの蔵書とか人脈とか調べて行って欲しいけれど、でも、鑑賞者としてはどっちでもいい。ニキがアーキタイパルな女神像に新しい生命を吹き込んだというのは本当なんだから。



楽しいって鏡さんはおっしゃいましたが、展覧会の冒頭の自画像を観たときは、痛々しいものを感じて苦手なタイプだという印象でした。けど、途中から楽しくなってきました。あの一連の射撃の作品とか。北野武監督の『アキレスと亀』っていうてんでで売れない画家の映画があるんですけど、その中で学生の頃に仲間とペンキをのせた自転車で激突するアクションペインティングしてたり、中年になって奥さんとしがないアパート内で絵具を壁にむかって投てきして描いてるシーンが出てくるんですけど、すんごい美人がおんなじようなことやってるから笑っちゃった。



僕は「キル・ビル」かと思った(笑)この映画のインスピレーションの一つにニキがなっているということはないんだろうか。



そういうことは大いにあるでしょうね。というか、ニキっていう人は作風がわりと目まぐるしく変化していくので、そのきっかけとなったエピソードを見聞きしながら見ていく今回の展示自体が、彼女の自伝映画を観ているようでした。

最初は自己探求として自らの内面を掘り下げたり、カタルシスを求める傾向が、だんだん後年になるに従って、精神世界や宗教へと向かっていきましたね。

鏡さんはどの作品が一番印象に残っていますか?



今回の展覧会は年代順にうまく作品の特徴をグループ分けして見せてくれていたという、展示の仕方の妙というのも大きかったね。ニキの内面の成長、内的変化と時代の雰囲気が合致して一連の絵巻物のようでもあった。展覧会自体がひとつのアートとして機能していたよね。

気になるといえば、もちろん、タロット。さらに面白かったのはニキが自分の手相をオブジェとして作品化していて、ああ、手相にも興味があったんだなと。82年の「手」という作品で、手の丘に対応する惑星記号や線の名前が書き込まれている。

ニキは「二重感情線」の持ち主だったようだね。手首に書き込まれた詩には「これは私の右手・私は右手が好き・筋も思考も感情もすべてこの手によって作り出された創造物のなかで・私はたくさんの旅をしてきた」とある。

そして、繰り返しになるけどやっぱりナナシリーズかな。

http://www.niki2015.jp/point/point2.html#link


初期の頃の射撃も面白かった。

http://www.niki2015.jp/point/point1.html#link


男性への抵抗と、女性も攻撃性を秘めているというパラドキシカルな表現だなと思った。そうそう、女性が女性を絵の対象として描いたのは彼女が始めたとパンフレットに書いてあるけど、これは初めて知りました。

それまではきっと守られた可愛い女性像みたいなものしかないから、そこで強烈な女性像を女性が描き始めたということになります。ここらへんは、現代魔女カルチャーと同じような感じ。

東欧出身のマリア・ギンブダスという人はウィメンズ・スピリチュアリティの理論的支柱を作った人で、昔のヨーロッパでは1000年ぐらい戦争をしない時期があり、それは女神信仰を中心にしていたという本を書いた女性です。こういうものにニキもきっと影響を受けていたと思います。



僕も単純に観ていてナナシリーズは楽しかったな。とにかく開放的で、可愛いし。ただ作品全体で蛇がいっぱいでてきて、アイデンティティーに深く関わっているんだなーというのも印象的でしたね。死と再生だとすれば、その都度彼女の中で何が死んでいったのかなって。祝祭と葬送を行ったり来たり。まさに「天国と地獄、その両極端の永遠なる散策者」っていう文言にぴったり。



あと、聖書の中の蛇のイメージ。イブを誘惑したのは蛇だからね。それをネガティブとポジティブの両方を表現しようとしてる感じがします。



11歳のとき、庭で二匹の絡み合う蛇を観たときにこれは自分だというインスピレーションを受けたという記述がありましたね。その直後にお兄さんに蛇をベッドの上に置かれたり、お父さんから性的虐待を受けてますね。



そういう強烈な体験をイメージのレベルで深めていって、そこからあんなに明るい作品を生み出していくという生命力が本当にすごい。



確かにその説明のすぐわきに、金ぴかカラフル、ラメテンコ盛り〜みたいな仏像がでーんと展示されてた。そういういかにも芸術家らしいところ、例えばある意味病的なものを強烈に秘めているけれど、そのわりにというか、実業家の側面もありますよね。タロットガーデンの資金集めも自分でやったりしているし、後援家でもある実業家の日本人女性にもマメにお礼状を書いてたりして。

(つづく)

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シュガー プロフィール

Sugar(シュガー)
1983年生まれ。サラリーマンを経て、占い師。現在、個人鑑定・講座・執筆活動中。
鏡リュウジとの最初の出会いは、「ユリイカ」に掲載されていたシュタイナー研究で著名な美学者・高橋巌氏へのインタビュー。この時に覚えた違和感が、占星術へハマるきっかけに。慶応大哲学科卒。男性占い師ユニットNOTFORSALEメンバー。

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