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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.34 歌占を引いてきました 1
2016/1/25


今日は、年始ということもあり、東京都板橋区にある天祖神社で行われていた「歌占いまむかし」展へ行ってきました。ギャラリートークだけでなく、この日はどんど焼きに合わせて餅つきも行なっていました。どんど焼きの火であぶったお餅を食べると一年間無病息災でいられるそうです。

天祖神社
http://www.tokiwadai-tenso.or.jp



地元の方に親しまれている様子で良い雰囲気の神社でしたね。観光地化されすぎていなくて、でもまさに地元の方々で新年に賑わっていて…お子さん連れも多くて、本当に地域コミュニティに根付いているのが伝わってきました。

ギャラリートークもおもしろかった! お話をされた成蹊大学の平野多恵先生のお話が明解でした。


平野先生は、心理療法の世界でも注目度の高い明恵上人の『夢記』(http://amzn.to/1RxorBm)の訳注にもかかわっておられるんですね。

また、『予言文学の世界』(http://amzn.to/1RxoU6A)という論文集にも寄稿しておられます。お恥ずかしいことにまだ未見だったんですが、さっそく取り寄せているところです。




占いというものを改めて考えてみる上でも興味深かったですね。パンフレットによると、

「「歌占」とは和歌による占いです。そのルーツは日本の神様が和歌でお告げを伝えたことにあります。神様のお告げとしての和歌は、現在も神社のおみくじの中に生きています。」

とのこと。それで今回は、ギャラリートークで聞かせていただいたお話を軸に、初詣などで毎年たくさんの人が親しんでいる「おみくじ」について掘り下げてみたいと思います。






今はもうみんな、大吉とか凶とか結果だけを見てしまうけど、本当はそんなものではない。おみくじはわざわざ「おみ」(御、を重ねる、あるいは御神と書く)という深い敬意を込めた接頭語をつけることからわかるように、「聖なる籤」であるということ。つまり単なる運試しの籤ではなく、本来は神さまからの託宣、つまりオラクルであるということなんでしょうね。

で、その神々からの言葉はやはり俗語とは違って、聖なる言語や特別な形式をもつはずで、日本では和歌という形式が伝統的に重視されていた、ということなんでしょう。神々からの言葉が独特のリズムをもった詩のかたちをとるというのは洋の東西を問わずよく知られています。

ギリシャのシャーマンであると考えられるオルフェウスも歌人だったし、ブリテン(英国)の伝説的魔法使いマーリンもその予言を謎めいた詩のかたちで呟く。かのノストラダムスが予言を四行詩の形式で残すというのも、こうした伝統を意識していたということでしょう。




今日のお話からの引用になりますが、日本の場合は、古今和歌集の仮名序に「人の世となりて、素戔嗚尊よりぞ、三十文字あまり一文字はよみける」とあるように、神話に出てくる神・スサノオが和歌を地上で最初に詠んだとされています。

他にも住吉明神、三輪明神、伊勢御神、貴船明神などの神の託宣歌が12世紀の文献などに残されていて、巫女が神がかりして和歌を詠む歌占は、中世には広く行われていたようです。

おみくじは、こうした中世の歌占に起源を持つ一方で、現代において主に3種類に分けられるそうです。

1 観音菩薩のお告げを漢詩で表した元三大師みくじ(お寺に多い)
2 神様のお告げを和歌で表した和歌みくじ(神社に多い)
3 その他:ことわざや文学作品の一節、名言等が記してあるみくじ

1の元三大師みくじは江戸時代に大流行して広まったそうで、逆に現在の2の大半は、明治維新の神仏分離令以後に作られたそうです。神社によっては、たとえば湯島天神が菅原道真の和歌を使うなど、縁のある古歌を採用しているそうで、参拝者の多い神社も、その神社に関わる古歌をもちいたオリジナルのおみくじに変える例が多いそうです。ただし、時代とともに「和歌はむずかしい」ということで、和歌を示さないおみくじも増えているみたいですね。



あ、僕は京都出身だということもあるからかもしれないけれど、最初からおみくじというと和歌がついているものだというのがデフォルトだったな。

振り返ってみると、お寺でおみくじを引いたことはあまりないかもしれない。だって、「御神籤」と書くぐらいだから神様の籤なのになんでお寺にあんねん、という……。



あはは、そこらへんは神仏習合の日本ならではかもしれませんね。



今日のお話によると御神籤の起源は、憑依した巫者が神様のお告げとして和歌で伝えたというのだから、まさにデルフォイの神託と同じ。最初期のものの記録は少なくて実態を知るのはなかなか難しそうだけれど、変性意識に入って独特な詩才を発揮し、そのつどつど、象徴的な詩句を紡ぎ出した宗教的、芸能的職能者がいたんじゃないかなあと思いたいですね。

ただ、そのような才能は誰にでもあるものでもないし、ついでにいうと「今日は神さまが降りてこないから、お告げはなし」なんてことも起こってきてしまうでしょう。これだとオシゴトとしては困るし、クライアントのニーズには答えられない。だから、やがて神的な詩歌もレディーメイド化されていく。

室町時代には、弓に和歌を書いた短冊をぶら下げて、それを引くという形式になって、室町末期には本も出て……といろいろ変遷を辿りつつも、今、みんなが当然のように引いている御神籤のスタイルとして継承されていく、ということなんでしょう。

実はこのようなプロセスは、「占い」にはしばしば起こることだと思う。ローマでは、キケロなどをみても占いを「自然的・霊感的」占いと「人工的・推論的」占いの二つに分けていたとはここでも何度か話したよね。

前者は夢のお告げに典型的なように、神からインスピレーションのかたちで直接的にメッセージがやってくる。後者は、それをいつでも待っているわけにはいかないから、人工的にお告げを引き出そうとする。後者はのちに高度に体系化されていくものもあって、今では後者のほうがちょっと「科学的」に見えて「霊感」という主観的なものより高級に受け取られることも多いけれど、本来は神々からの直接的なメッセージのほうが重要性も正確さもはるかに高いと考えられていたわけだよね。



占い、とくに占星術は複雑な推論が伴われるので、「科学的」に見られやすいですけど、だからこそ「占いはサイエンスではなく、その本質はディビネーション(霊感)にあるのではないのか?」という問いかけが出てきている訳ですからね。

おみくじの場合も、吉凶や項目別の当たり外れの部分じゃなくて、和歌のグルーヴ感が本質でしょ?ってのは当然の話だし、もとはと言えば紙ではなく人間おみくじだった訳ですね。めっちゃとれたてオーガニック(笑)それこそ中世には歌占を生業とする巫者がたくさん実在して、諸国の霊場を巡っていたということになりそうですね。

そういえば「歌占」ではなく「御神籤」といわれるようになったのは、明治時代に神職が「占い」といういかがわしいことに関わるのはイメージとしてそぐわないからやめるようにというお達しがあったからと、今日のお話にもありましたね。

(つづく)

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シュガー プロフィール

Sugar(シュガー)
1983年生まれ。サラリーマンを経て、占い師。現在、個人鑑定・講座・執筆活動中。
鏡リュウジとの最初の出会いは、「ユリイカ」に掲載されていたシュタイナー研究で著名な美学者・高橋巌氏へのインタビュー。この時に覚えた違和感が、占星術へハマるきっかけに。慶応大哲学科卒。男性占い師ユニットNOTFORSALEメンバー。

●特技はどこでもすぐ寝ること
●ソウルフードは中本の冷やし味噌ラーメン

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