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オカ研File No.37 人気手相観 日笠雅水さんと「占い」を語ります【1】
2016/6/24

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人気手相観 日笠雅水さんと「占い」を語ります【1】
  日笠雅水×鏡リュウジ
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■占い師にはなりたくなかった


今日は、「アンアンの手相観特集」でお馴染みの日笠雅水さんにいらして頂きました。年に一度の特集ですが、今年は表紙があの話題の『おそ松さん』なんですね!


日笠
はい、お陰様で大人気でした。『おそ松さん』目当てで買ったかたが多かったようですが、手相の部分もちゃんと読んでくださり、感想も届いていて嬉しいですね。



アンアンの手相特集といえば日笠さんですが、もう随分長くやってらっしゃいますよね?


日笠
もう20年位でしょうか。最初は、占い号の中の手相特集を3、4年やってから手相だけの特集になったんですよ。年に一度やって頂けるのは本当に有難いことですね。



今は日笠さんといえば手相観ですが、じつはYMOのマネージャーをされていたというのも有名なお話です。世界的なミュージシャンのマネージャーから、「手相観」になって、しかも、その当時の方々と今でも親しくおつきあいされているなんて、よく考えたらすごい人生ですよねえ。ものすごい転身にみえます。何か手相観をされるようになったきっかけあったんですか?


日笠
私は、子どものときから占いが大好きなんですけど、占い師だけにはなりたくないって思ってきたんですよ。

今回の人生はかっこいい仕事がしたいと思ってました。私にとってそれは音楽なので、音楽の仕事がしたいと思って大学生のときにニッポン放送のオールナイトニッポンのアルバイトを始めたんです。その契約が終わったあと、細野晴臣さんのマネージャーになってその流れでYMOができて、それからずーっと音楽の世界で仕事をしていました。マネージャーを辞めても、音楽ライターやインタビュアーをやったり音楽に関わることをやっていたんです。

ずっと手相は観続けていたんですけど、それでお金を頂きたくなかったんです。でも、プロになる覚悟をしたのが35歳のときです。

YMOが終わってから、今度は出版業界で音楽関連の本を作らせて頂いてましたが、なんだかこれじゃないなあ、という思いがあったんですね。だから、一度思いきって仕事をやめた時期があるんですよ。自分では雲隠れといっているんですけど。仕事をやっていると次の仕事が入ってしまうから、全部やめたんです。

じつは当時、チェッカーズの本を作ったらそれがすごく売れたので、1年ぐらい休める状況になったから休んだというわけです。一度やめないと次に何やっていいかわからないという思いもありましたから。だから、音楽の仕事をやめてすぐに手相観になったわけではなく、そこには丸3年の月日がありました。



まる3年のブランク!
それは大変な勇気が必要なことですね。とくに今のようなあくせくした日本人の感覚からしたら、大きなことですよ。


日笠
まさに、勇気でしたね。でも、ずっと、違うなあ、違うなあ、と思っていたのがありましたから。



そうか。やはりそういうことができる人には、意志の強さもあるんですねえ。


日笠
自分の中で腑に落ちないというか……。音楽の仕事では「自分の考えはこうです」というのではなくて、何かを通して自分の意見を少しだけ言うというものでした。それが、コバンザメみたいな感じだと思ってしまったんです。

自分でしっかりと「自分はこう思う」と仕事では言えませんでした。では自分には何ができるのかというと何もできなくて……でも占い師には絶対になりたくなかったんです。



なぜですか? まあ、僕も占い師って言われたくないのは同じですけど(笑)


日笠
これは私の偏見なのかしら。



それは真っ当な感覚だと思いますよ。でも最近の若い世代はそうでもないようで、かっこいい職業だと思っている人もいるみたいだけど……。


日笠
ロールプレイングゲームなどに登場するキャラクターだけみていれば、占い師ってかっこいいですよね。ああいうのはいいんですけどね。未だによくわからないんですけど、占いを仕事にするのはどこか抵抗があったんです。

中学の頃からずーーっと手相を観てきました。音楽業界のときも雲隠れしていたときも、いつでもどこにいっても手相を観て相談役。私の前には必ず行列ができました。電話がかかってきても相談ばかり。仕事の依頼の何倍も手相の依頼がありました。でもそれでお金を頂くことはしたくはないというのがどこかであったんです。



占いを勉強している人の中には、お金をもらって対面鑑定をすることに抵抗がある人も多い。占いというカタチのないもので、そこをどういうふうに克服していくかは課題かもしれませんね。

でも、逆にすぐにプロとして活躍したい! というような人もいて、そういう人に僕なんかは抵抗ありますけど。本来、カタチのない仕事ですから、「こんなんでお金をいただいていいかしら」という感覚を持っている人の方がまっとうな占い師になれると思うという、これまたパラドクス。


日笠
覚悟ですよね。お金をもらってなければ、こうじゃない、ああじゃない、といっぱいいろんなことが言える。だからお金を頂くということは自由じゃなくなるということがありますね。



責任が生じますからね。


日笠
そうですね。私は気軽でいたかったんでしょうね。なぜ始めたかというと、結局いつも手相観ばっかり、必ずどこにいっても手相観だったからです。



雲隠れ、いやいや、リトリートされている時代もですか?


日笠
はい。私が暇になったということで、その需要がどんどん増えました。そうするとそのうちに「お金やお礼をもらってくれないと申し訳ない、僕はいいけど僕の知り合いを連れてこられない、だから少しでもいいからお礼をもらってくれ」と。それで、そうか、お礼をもらわないとみんなが困るということがよくわかったんです。

それで始めたんです、5,000円で。そうすると、皆さん、真夜中の電話とかも遠慮してくださるようになりました。



境界ができるようになったんですね。


日笠
最初の半年間は原宿の喫茶店にいらして頂いてました。ところが来てくださるかたは音楽業界のかたが多く、そうすると有名人のかたも多いし、男性も多い。泣かれたりする場合もあるから他のかたの目も気になる、と。それで「お金を倍でも三倍にしてもいいから、部屋を借りて」といわれて半年後に1万円にして部屋を借りました。

普通の民家にある二階のお部屋をひとつ借りて手相観ルームとしました。気持ちのいい空間で、看板も出さずに予約制、すべて口コミだけです。

そのときに、自分の中の約束として、口コミで人がこなくなったらそこで辞める、自分が悩んだり不健康になったらその時点でやめる、それだけを決めました。こちらからきてくださいとは決していわない。これだけ決めてやったらそのまま続いているというわけです。




■手相には当たり前の法則が表れていた



もともと手相に興味をもたれたきっかけは特にあるんですか?


日笠
中2のとき、沢田研二さんが好きで恋をしていたんです。でもあのときの情報というのは、すごく限られたものだったんですね。たとえば好きな食べ物ならメロン。好きな色はピンク。好きな女の子のタイプは髪が長くてやさしい、というふうに。インタビューを読んでいても生の声が伝わってこない。でも好きな人のことはもっと知りたい、と思っていたんですね。

そのとき、あるお菓子のコマーシャルでタイガースの5人が「ハーイ」って顔の横で手の平を見せたポスターがあったんです。それを見たときに、ジュリーは顔だけじゃなくて手もきれいなんだ!って。

その手を見たときに、ものすごくいろいろことがわかったんです。情報として伝わってくるんですよ。言葉には置き換えられなかったんですが、いろんな気配がわかった。それが最初です。うちに手相観の本が一冊あったので、それを自分の勉強部屋で見ながらジュリーを占ったわけです。



それまでもその本はあったのに読んでなかったんですね。


日笠
そうです。それでその本を見ていくと、なるほど頭脳線はこうでこうで、こうなってる、と。それがすごく面白いと思ったんです。なんだ、手相には人となりが出てるのね、と。

そこではまっちゃったんですね。そのまんまが出てると思いました。手相の本をちらっと読んで、なんだ当たり前の法則ねえ、と思ったんですよ。こだわりがある人は関節が発達しているとか、すぐに答えを出す人は線が短いとか、ごちゃごちゃしてる人は複雑な印象とか、こんなのは、当たり前の法則なんだと思ってしまったんです。

それですぐに家族を観たわけですよ。両親と弟を見て、次の日学校でも友達みんなに、観せて、と。友達だからその子がどういう子か先に答えを知ってます。それで手を観せてもらうと「なるほどねえ」と。手相ってなんて素直なんだろうって思いました。



本を読まれたのはその一冊だけなんですか?


日笠
そうなんですよ。読んだと言えるのはその1冊かしら。本はたくさん買いましたが、拾い読みしていいとこ取りばかりしてました。この解釈は古くておじさんぽい、もっとこういうふうに言えばいいのね、と思いながら読んでいたら、自分なりの観方ができてきました。

そうやって友達の手相を観ていましたね。観ているときに「なるほど」っていうと、「何がなるほどなの?」ってなりますよね。人って占ってもらうとやっぱりうれしいから、反応がいいんです。うけるわけですよ。みんな喜んでくれるし、それまで苦手だった子も手相を観たときに励ましたり、一通り言わせてもらうと、それがきっかけで打ち解け合えて。それがすごく嬉しかったんですよ。それから人が並ぶ人生です。



ではそうやって人を鑑定するのは楽しいことですか?


日笠
仕事にする前は楽しかったです。まあ、いまでも楽しいですよ。でもやっぱり疲れますからね。もっともどんな仕事でもそうですよね。音楽だって好きで好きで好きだから仕事にしたけど〆切があって大変とか、それと同じですね。



なるほど、わかるような気がします。となると年に一度アンアンのようなメデイアでの企画でアイデアを出したり執筆したりを挟んで、さらに鑑定があるのは、ちょうどいいバランスのようですが、自分で範囲を決めてその中でやっていかれるのがすごいことだと思います。


日笠
ビジネスの商才とか名誉欲とかそういう欲がほとんどないから守られてるんだと思う。ちょうどいまの感じのほどほどがいいです。じつはいまもちょうど休んでいる期間なんです。

音楽でも本でもみんなと何かを作るのは達成感もあって楽しい仕事ですよね。でも、手相観は一人でみんなの苦しみや悩みを聞いてそこから抜けだしていってもらうので、それを仕事にするには勇気が必要だったんだなって思います。楽しいんですけど、どんな人でも人と向き合うのは疲れますよね。



「鑑定」というか相談室では流れる時間がとても濃厚ですものね。セラピストやカウンセラーはそこを自分でうまく取り扱わないともたないと思います。


日笠
病院の先生とか本当に大変だなって思います。



確かにそうでしょうけれど、占い師やカウンセラーはまた別な種類のシンドさがあると思いますよ。お医者さんは病院と医師の資格という社会制度に守られてるけれど、占い師の世界はまさに混沌としていますから……。


日笠
そうですか。ところで鏡さんは個人鑑定なさらないのはなぜ?



単純に興味がないのと、コワイからです。臨床心理士の方とかは、トレーニングをちゃんと受けてるからこなせるのだと思いますけど、僕はそういうトレーニングはうけてませんし。心も弱いタイプだからやられてしまうか、小さいカルトのグルになってしまう可能性もある。だからそれはできない。精神的に強くて強靭なバランス力をもってやらないと無理だな、と思います。

人を占うという行為は、気持ちがいいことでもあるんですよ。全能感を得られますから。そして割りと簡単に人をコントロールもできます。僕がそんなことをやりはじめたらすぐ調子にのってしまうのもわかってますからね。あはは。まあ、食えなくなったり、もっと年齢を重ねてある境地にもし行けたらやるかもしれません。


日笠
ご自分でそう思うんだ。なるほど。



対面鑑定から発生する、心理学的にいう転移、逆転移という現象も起こる場合も多いです。互いにいろんなものを投影してきて擬似恋愛とかになりかねない。さらにさっき言った全能感ですが、ユング派のグッゲンビュールという人が『心理療法の光と影』という本で、占いやカウンセリングなどいわゆる援助職につきまとうダークサイドのことを深く語っています。この本は全占い関係者必読だと僕は思っています。そういうのをぼくはコントロールする自信はありませんから。


日笠
わたしはね、それは最初から絶対にならない。それこそこっ恥ずかしいことだと思ってるので。教祖様とかに祭り上げられたりされたくないし、されないと思ってます。



僕もしないつもりだけど、そういうことがもし発生したらオタオタしちゃうと思うんですよ。


日笠
でも最初からそういうのがあるかもしれないとわかっているというのは素敵ですね。

わたしも自分で自分をある程度守れてる。だから続いているんだと思うんです。こんな私なんかでさえ、気を緩めると教祖様扱いされてしまいますから。

(つづく)

ー 他コンテンツ紹介 ー

日笠雅水(ひかさ まさみ) プロフィール

日笠雅水さんのテソーミルーム ほぼ日出張所
http://www.1101.com/maaco/tesomi/index.html

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