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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.38 臨床心理士 東畑開人さんと「野の医者」を語ります【1】
2016/8/8

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臨床心理士 東畑開人さんと「野の医者」を語ります【1】
  東畑開人×鏡リュウジ
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■「野の医者」とは?


今日は臨床心理士の東畑さんをお招きしました。ツイッターでご著書『野の医者は笑う』のことを知り、読ませて頂いたのがきっかけです。

僕は、個人鑑定はしていないから「野の医者」とはいえないけれど、占い界隈でずっと仕事をしてきてますし、大学院時代はユングを研究対象にしてきたので、実際の臨床心理士のかたは「野の医者」をどのように考えていらっしゃるのか興味があってお声をかけさせて頂きました。

東畑さんがおっしゃる「野の医者」というのはいわゆるスピリチュアル・ヒーラーや占い師、伝統的なシャーマンのことですが、大学で「正統」な臨床心理学を学ばれた立場で、沖縄でこのような境界領域に関わることをリサーチされようとしたきっかけをまず教えてください。


東畑
悲しい話ですけど、端的に言うと劣等生だったからかもしれませんね。僕は当時ユング派の牙城といわれた京都大学で訓練を受けたのですが、大学院に入学したときに驚いたんです。何だここは、って。

大学院ではカウンセリングとか心理療法とかについて議論をするわけですけど、先輩や先生がおっしゃっていることがまるでわからなかったんです。使われている言葉自体がわからなかったし、大学院には色々な作法があったんですけど、そういうことのルールもよくわからない。びっくりしました。

同級生の中にはすぐにそのあたりの勘どころをつかんでいる人もいたんですけど、僕はわからなかった。だから、ここは魔法学校なんだって、とりあえず思うことにしたんですよ(笑)。

出発点はそこです。「正統」なはずの大学院教育が、なんだかよくわからない謎の秘密組織に思えちゃったんです。そうやって、ちょっと斜に見てる感じがあったのだと思います。まあ、気分はハリーポッターですよ。



「魔法学校」か……憧れますね(笑)。僕ももうちょっと出来がよかったら入りたかったかな。ま、それは冗談として……

日本は世界的にはユング派が強い例外的な国だとよくいわれていますよね。僕は宗教学的な立場からユングをテーマに修論書いたんですが、当時はイギリスで「ユングで修論書いた」というと「そんなこと可能なの?」と驚かれたのを覚えています。
あれ、でも学部も京都大学にいらしたんでしょう? 進まれてからそのギャップに驚かれたんですか?


東畑
はい、それでもわからなかったんです。一応ね、知識はあったんです。本は好きですし、ユング派の本ってよく読みましたから。ユング派の思想って合理性や近代科学の視点からしたらかなり違いますよね? 本を読めば、話としては一応わかるんです。だけどね、大学院では、そういうユング派の思想が「生きている」わけです。これは困りました。

これでも僕は受験勉強をしたりしてるんで、近代的合理主義で普通に生きてきたんですけど、ちょっと違うモードがそこにはあったんですね。心の世界って、近代合理主義だけでは語れないってことなんですけど、僕はそこに簡単には馴染めない劣等生だったわけです。

でもね、習うより慣れろじゃないですけど、その中に入って僕なりに修行したんです。一生懸命ね、適応しようとしたんですね。そうする中で、臨床心理学の本性みたいなのが見えてきました。臨床心理学って、大学院の中にポストがあるわけですから、もちろん強固に近代科学の合理性が働いている部分もあるんですけど、それだけじゃないんですよね。それが分かってきました。

心理療法とかサイコセラピーって、古のシャーマニズムに連なってるものなんだなって思ったんです。河合隼雄先生がおっしゃってますが、そこには近代科学のロジックとは違うロジックが流れてるって。以来、僕はそこにずっと関心があるんです。一体臨床心理学って何か、臨床心理士とは何なのか、それは人の癒しっていう大昔から行われている営みの現代的な後継者なんじゃないかってことです。それをずっと課題にしています。



■沖縄で「霊感」を本気で信じている人に出会った


東畑
それでね、色々あって、沖縄のクリニックで臨床心理士として働き始めたら、そこでユタとかそういう霊感がある人と出会うんですよ。沖縄に行く前までは、霊感といわれてもピンときていませんでした。本当に彼らが神様と話ができるとか、霊が見えるとかは別として、「霊感」を本気で信じていて、「霊感」のリアリティを持って生きている人たちに初めて出会ったんですね。

そういう人たちの苦しさとかそういう人たちの回復とかに向き合っていると、やっぱり違いを感じるんです。僕はユングとか精神分析とかあまり合理的ではない世界に生きていたつもりでしたけど、「霊感」があるという彼らの生きている世界とはやっぱり違います。科学的な合理的世界があって、その対極に霊の世界がある。そうしたら、その中間にある臨床心理学は何なんだろうかというのもずっと考えていました。ずっとそんなことばかり考えてるんです。

その時に、霊の世界とぼくらの臨床心理学の世界の更に中間にいるのが、この本でとりあげた、ユタやスピリチュアル・ヒーラーと呼ばれる方々だったんです。彼らのことを知ることを通して、自分はどういう営みに参加しているのかが少しは見えてくるかもしれないと思ったわけです。



そのあたりの関心は僕も強くもっています。門外漢ながらユングに興味があるのはまさにそこ。ただし、僕の場合、入り口が逆でした。僕は魔術の世界に小さい頃から興味があったんですけど、高校にあがるころには「これは迷信じゃないか」とハッと気づいてしまうんですよね。ユングと比べるのはおこがましいけれど、ユングの中に合理的な自分と非合理な自分の二つの人格があったように、僕の中にもそのふたりがいる。

ともあれ、占いをやっている人で賢そうな人はいないかと探すと。占いの本にも必ずユングの名前は出てくる。それでユングの本のを読み始めたら、占いと一緒だと気づいてしまったんです。僕は奇しくも京都育ちですから、京都の書店には今よりずっとたくさんユング系の本はありましたし、ユング派の先生の市民向け講演などを聞く機会もあった。おうおう、これは占い的ではないかと。


東畑
どのあたりが占いと一緒なんですか?



■シャーマンと臨床心理士の近親憎悪



ユングは無意識というブラックボックスを設定していて、その無意識の中身に神話的な世界があり、それがかなり普遍的なものだという。その不可視の、しかし、ものごとをパターン化する内在的な形式(元型、ですね)が人生を左右するのだと。

この元型的世界とは、占星術で考えていたコズミックな秩序原理を内在化、心理学化したもので、言ってみれば裏返しの占星術ではないか、と。

当時はこんなふうには整理して言えませんでしたが。で、イギリスに目を向けると、正規のユング派の分析資格をもっている有名な占星術家もいたりして興奮しましたね。と同時に、ユングには20世紀前半なりの「科学者」としての自認もあって、そのパラドクスが面白かった。

もっとも、占星術は一枚岩ではありません。占いというジャンルの中では占星術は比較的、知的なトレーニングを積んだ人が多いですから、近代の中では肩身の狭い思いをしている人が多いのですよ。東畑さんが「魔法学校」(ホグワーツ)に紛れ込んだマグルだったとしたら、マグル(人間)の学校の中に魔法使いが紛れ込むようなものですから。

そこで彼らはいろんな言い訳を作り出すんです。占星術は統計だとか、今の占いが当たらないのは古い技法を捨てたからだといって伝統占星術を復活させたり、それこそ百花繚乱で、それを見ているのが面白かったんです。魔法の中でももっともマグルよりに見える力動精神医学に接近するというのも今となってはよくわかります。

ただ、そうはいっても、臨床心理学は近代的な学問であるわけで、境界についてもとても興味があるんです。


東畑
ここは面白いテーマだと思います。構造という意味ではユング心理学と占星術はかなり近いと思うんです。ある種のコスモロジーというか、世界観みたいなものに、自分を結び付けていく営みだからです。でもね、ユング心理学とか精神分析はあくまで、そういう独特な世界が主観のなかにあると考えています。つまりすべて心の中にあることであり、実体化していないですよね。

占星術の場合は、星と関係があるわけで、やっぱり外的世界と結びついていることになりますよね。ユング心理学の場合、それがあくまで「心的現実」である、といいます。僕はそこは大きい差だと思いますが、いかがですか?



そうですよね。ユングは「心的現実」として占星術シンボルを扱います。あるいは無意識的なものの「投影」だとして。そこでとどまってくれれば僕も安心できるんですが、僕でもハラハラしちゃうことにユングはその枠に収まってくれない。

共時性論の話になってあやしさ満載のユングの一面につっこんでいくことになりますが、主観と客観の間に亀裂が入って心の内容がダダ漏れになって行くような事が起こるという。

ユング自体も占星術をやっていて、占星術の世界から見てもすごいことをやってますから。時代精神が2000年単位の春分点の移動と重なっているとか本にも書いてます。もっとも、ユングは極端ですけど……。でも、実証的には証明も反証もしにくい無意識のダイナミクスを「エディプス」とか神話のメタファーを使って可視化するような営みをするとなると、僕にはやはり占い的にみえてしまうんです。

でもやはり学問としての心理学は、占いやニューエイジ的ヒーリングとは異なる専門性をもっておられるはずで。


東畑
確かに。違う所とそしてとても近いところと両方あるように思います。たとえば、フロイトがテレパシーについて論じていたり、ユングがUFOのテーマを扱っていたり、先人たちにはそういうグレイな世界に果敢に手を突っ込んでいるところがあります。ただ、現代の臨床心理学は、フロイトやユングのそういう世界についてはとりあえず置いておいて、学問的な体系を整えていったというのはあるように思います。

でもね、だからこそ、そこが近親憎悪というか、シャーマンやヒーリングのような存在を臨床心理学は出来るだけ見ないようにしているところがあるかもしれません。



近代の無意識の心理学の該博な歴史をまとめあげたエレンベルガーは、近代の精神医学の立ち上がりが、悪魔払い師と「動物磁気」という物理的モデルを使って治療したメスメルの激突にある、と言っていましたね。1775年。つまり、悪魔や神様なんかなくたって同じような治療ができる、としたとき。僕はここで心理学や精神医学の世界自体が「悪魔祓い」されたと感じるんです。

まあ、実際にはごっちゃにすると治療上、危ないこともあるんじゃないでしょうか。混ぜるな危険ということですね。


東畑
そうなんですよ、混ざりやすいからですね。だからね、ここの部分の区別は文化としては大事だったりします。


(つづく)

ー 他コンテンツ紹介 ー

東畑開人(とうはた かいと) プロフィール

1983年生まれ。2005年京都大学教育学部卒業。2010年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。2013年日本心理臨床学会奨励賞受賞。沖縄の精神科クリニックでの勤務を経て、十文字学園女子大学専任講師。博士(教育学)・臨床心理士。元マインドブロックバスター(2015年8月更新忘れのため資格失効)。

『「野の医者」は笑う??心の治療とは何か』

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