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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.44 ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」1
2017/10/12

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ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」【1】
  ロバート・ハリス×鏡リュウジ
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今日は、作家でDJのロバート・ハリスさんにいらしてもらいました。皆さんご存知の通り、ハリスさんは東京のFM局、J- WAVEでずっとナビゲーターをされていますよね。僕も以前、J-WAVEにはずっと帯で出させてもらっていたのもあって、局でもすれちがいましたし、ハリスさんの番組にゲストに呼んでいただいたり…おまけに出版では担当編集者が一緒だったりで、お付き合い自体は長いんですが、実はゆっくりお話する機会は思えば数えるほどしかなかったですね。

今日は僕よりちょっとお兄さんで、ワイルドだけど知的な道を歩んでこられたハリスさんの、スピリチュアルというか、マージナルなカルチャーの部分を改めて伺いたいなと思います。


ロバート・ハリス
僕はヒッピー文化にふれるようになってから、スピリチュアルなことには足を踏み入れたんだけど、今は、「ヒッピー」という言葉がわからないよね?こないだも若者から、ヒッピーって何?って聞かれました。


イギリスだと、田舎にいくとすんごいハーレーみたいなバイクに乗ったおじさんがドドド、って走っていたりして、「オールドヒッピー」なんて言われたりしてますけどね。改めて言われると実は僕もよくわからないのが正直なところです。

ロバート・ハリス
ヒッピーより前の世代の「ビート」は、文献がいろいろあるんだけど、ヒッピーというと文献というかテキスト的なものがないんですよ。だからちゃんと伝わってないのかもしれないね。ビートといえば、『路上』のケルアックがすぐ思い出されるでしょう。その弟世代がヒッピーだけど、ヒッピーになると文学とか詩といったテキスト化されたものがあんまりない。書かれたものより、自分たちの「経験知」が一番重要という考えがあったんだよね。言葉に重要性をおかなかった。

一方で、僕はずっと本を読んでいたから、本を読むために大学に入ってアメリカの田舎に留学して、ヒッピーになって初めて、スピリチュアリティに関することに触れた。日本人だというと、禅について聞かれることが多いから、それから禅なんかの本を読みました。それまではヘミングウェイに始まってアメリカ文学にはまり、ドストエフスキーとか文学ばかり読んでたの。

田舎にあった大学の前には、「ペニーキャンディストア」という本屋があって、そこはヒッピーのおばさんが経営していたんです。1969年当時ですね。


僕は1歳だから、記憶はないけれど・・・じゃあヒッピー全盛期ですね。それにしてもその書店の名前もなんだかヒップ。

ロバート・ハリス
世界的に見たらヒッピー全盛期だったけど、じつはもう、終わりに近い時期だったかな。そこでは、いつもドアーズとか、サイケデリックな音楽がかかっていて、当時はまだラフな時代だったからね、お香のようなものも売っていてましたよ。


田舎ってどれぐらい田舎なんですか?今で言うとそういう書店って都会でしか成立しなさそう。

ロバート・ハリス
西海岸の田舎です。僕はもうそこが学びの場になっていて、入り浸ってたな。


西海岸の精神世界中心の書店というと、僕はバークレーのシャンバラブックストアを思い出しますけど……僕も高校生のとき、西海岸に行ったことがあって、ドキドキした気分で覗いた思い出があります。

ロバート・ハリス
そうそう!シャンバラは有名だよね。で、その本屋の真ん中にはテーブルがあって、今売れている本が山積みになっていたんだけど、例えば、ドイツのヘルマン・ヘッセとか、そういう当時流行りの文学とともに、神智学の祖であるマダム・ブラヴァツキーとかそういうオカルトの本もいっぱいあったんですよ。

いったん、そういうものに興味をもつとそこからいろんなものにつながっていきますよね。それで、クリシュナムルティとか、鈴木大拙の本を英語で読むようになりました。空手をやっていたから、瞑想はしていたんですよ。そういうところから興味を持って、ね。

当時は「常識」の世界、つまり主流文化が、ベトナム戦争とか、黒人差別問題とか、そういうもので疑義をつきつけられつつあって、既製の現実ってそんなに素晴らしいものではないな、と思い始めました。嫌というほど戦争というものの悲惨を経験したのに、また戦争に踏み込んでいくし、それが武器商人とかいて、アメリカもまっ二つに割れてしまった。

若者やインテリの左翼系の人たちは、そういうのを変えなくてはいけないと、きっと今以上に真剣に考えていたんだと思う。そのためには社会構造の変革も必要だけど、ヒッピーたちは、我々の意識そのものを改革しないと、変えていけない、と。


つまり、外的社会の革命だけではなく、内的世界の変容、個々人の意識の変化が必要だと。そこから切実にスピリチュアルなテーマが浮上していく。

ロバート・ハリス
どういうふうに何を変えていくべきかというと、まず、見なくてはいけない。そのためには意識改革しかないというので、当時、若い世代がこぞってドラッグやったりヨガや禅やったり、そういう本を読んだりした時代ですね。


僕、よくわからないんですけど、フラワーチルドレンとヒッピーというのは同じなんですか?

ロバート・ハリス
同じなんですよ。ただ、ヒッピーというのは、マスコミの人がつけたもので、自分たちは、フリークって言っていたんですよ。フリークというのは、化物のあの「フリーク」。蔑みというのではなく、俺たちはそれでいいんだ、フリークスでいいんだ、と。だから自分たちで、俺たちヒッピーなんて呼んだことはないんですよ。


へえ、ではなんでヒッピーって呼ばれるようになったんですかね?

ロバート・ハリス
ヒップ。ケルアックがつけたヒップ。ヒップな若者というのが由来したんだと思います。今の若者のいう、ヒップホップのヒップとも相通じるものがあります。でも俺たちはヒッピーと呼ばれるのがいやだったんですよ、マスコミがつけた名前だから。


感覚的には、僕が知っている言葉だと、渋谷系音楽とかチーマーとかそんな感じでしょうか(笑)自称ではなかった。

ロバート・ハリス
たしかにそんな感じかも。自分たちではそう呼ばない感じがね。

目指していたものは、平和と愛に満ちあふれていた世界を作ろうというもの。ある意味ナイーブな考え方だけどね。

僕もそうだったけど、ベトナム戦争反対の運動にも関わっていて、チェ・ゲバラとか毛沢東とかの思想にも傾倒しつつ、現実的にどうやって変えていこうかと考えながらも、同時に、自分をどうやって変えていこうかということに重きをおいていたんですよ。


外側の変革と内側の変革ですね。

ロバート・ハリス
そうだね、両方変えられる、と考えてましたね。音楽がその内面世界の探求にすごく貢献していましたね。

音楽そのものがヒッピー文化にすごくハマっていったと思う。1967年にビートルズが、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーに傾倒して、「サージェント・ペパーズ」というアルバムを出して、それがマリファナ体験やLSD体験という内面世界、あっち側の世界を示唆するようなアルバムと言われたのは有名な話ですよね。

その前にもジェファーソン・エアプレインがいて、サンタナとかドアーズとかね。ドアーズなんて、名前そのものが……


あー! そっちからきてるんだ! ハクスレーの、『知覚の扉』。

ロバート・ハリス
ドアーズ・オブ・パーセプション(知覚の扉)からきてるんです。そう、イギリスの詩人のブレイクのね。

ブレイクが「知覚の扉」という言葉を使ったんです。ブレイクも非常にそういう世界に興味を持っていたからね。


いや、ブレイクはすごいですよ。あのヴィジョン。でも、今からすると、クラシックな文化として受容されているかんじですよ。ブレイクなんか。

ロバート・ハリス
そういったものはすごくポップ文化にも浸透していってましたね。音楽を聞いていると、もう、そういう世界に入ってしまう。意識がスライドして新しい知覚が開くような。

そこで、インドのグルが台頭してくるわけです。彼らは意識変容の技術を持っているように見えたから。アメリカにもけっこういたんですよ。まだ17歳ぐらいの名前忘れたけど、彼なんか、どんな楽器をだされてもすぐに弾けちゃう。ギンズバーグなんかも師事していたグルがいてね、いろんなグルがいたんですよ。

若者が集まると「このグルがいいよ」とか、「あのグルがいいよ」とかそういう話をしてました。

あと、当時のサブカルチャー文化では、占星術はすごくポップに流行ってましたね。もちろん、深くいくやつもいるんだけど……そう、ユング読みながらのヤツもいたけど、ナンパの目的で使うヤツが多かったね。「君のスターサインは何?」「俺たち、合うよ」とかそんな感じで。

ほんとにもう冗談みたいに「What's your star sign?」というのが、普通の言葉だったの。「君どこから来たの?」というぐらいに。

(つづく)

ー 他コンテンツ紹介 ー

ロバート・ハリス プロフィール

横浜生まれ。高校時代から国内をヒッチハイクでまわり、卒業後は北欧からインドまで半年間の旅をする。上智大学卒業後、東南アジアを放浪。バリ島に一年滞在後、オーストラリアにわたり延べ16年滞在。シドニーで書店&画廊『Exiles』を経営。ポエトリー・リーディング、演劇、コンサート等を主催、文化人のサロンとなり話題に。映画やテレビの製作スタッフとしても活躍後、日本に帰国。1992年よりJ-WAVEのナビゲーターに。1997年に刊行された初の著書『エグザイルス(放浪者たち)ーすべての旅は自分へとつながっている』(講談社)は、若者のバイブルと謳われ長く読み継がれている。『ワイルドサイドを歩け』『人生の100のリスト』(いずれも講談社)、『エグザイルス・ギャング』(幻冬舎アウトロー文庫)、『英語なんてこれだけ聴けてこれだけ言えれば世界はどこでも旅できる』(東京書籍)、『アフォリズム』(NORTH VILLAGE)、『アウトサイダーの幸福論』(集英社)など著書多数

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