鏡リュウジ公式サイト BETWEEN THE WORLDS

上なるモノは下なるモノのごとく、下なるモノは上なるモノのごとく。



「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.44 ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」3
2017/10/16

ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」1

ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」2

-----------------------------------------
ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」【3】
  ロバート・ハリス×鏡リュウジ
-----------------------------------------


いやいや、オカルトじゃなくていいんですよ!というか、十分にオカルト、というかスピリチュアルです!

ロバート・ハリス
これ、自分発見の大きなステップだったんですよ。それから、俺っていままで怒られたら、怒り返したりしたけど、泣いたり悲しさとか、そういうものは発散しないで胸にしまいこんでいたなって思ったの。

なんとなく、そういうものが、落ち込む理由のひとつだったんじゃないかって認識してきたのね。感情を出せば出すほど、気持ちよくなるんですよ、自分になった気がする。それを毎日やっていくうちに、1週間ぐらいたったとき、もう、落ち込んでいなかった。2年半落ち込んでいたのに、朝起きても良い気分なんですよ。それで、俺って開放されたなって思った。あれだけ瞑想やったりヨガやったりしてもだめだったのが、急によくなった。

それから加速してそのセラピーに入っていって、そうすると面白いことに、自分が認知していなかったもの、例えば、胎児の経験とか、生まれた時の経験とかを思い出すようになったんです。

弟がちょうど一ヶ月くらい前に亡くなっていたんだけど、それに僕は、すごく自分を責めていたんですよ。最後の半年ぐらいは僕と一緒にいたんで。自殺した彼を救うことができなかった。そのこともセラピストにいったら、あなたの感じている、自分を責める気持ちって本当の感情じゃないよ、それは何かの感情を隠しているんだよ、って。何隠しているの?って言われて、よく考えたら、悲しみを隠していたの。自分を責めることによって、悲しみを感じないで済んでいた。それがわかったら、ものすごく涙が溢れ出して、セラピーの間に2,3時間泣くとすっきりしてる。というのがありました。

そこからですね、自分を取り戻して、そこからまた自分のエネルギーが戻ってきて、外に目が向くようになった。

でもね、面白いことに、そのセラピーの施設の中でもある種の階層が出てくる。「僕達はfeeling peopleだから」とか、そういうふうに言う人も出てきて……それもちょっとおかしいな、カルトっぽいなって気づいたの。

プライマルセラピーは、ちゃんとした学問にはまだなっていないから、やりすぎちゃって、事故もあったし、それが新聞に取り上げられたりもしました。リスクはあったんだよねえ。


いやーすごいなあ。僕はそんなことをやる勇気はないですね。そういう時代だったのかなあ。まあ、そういうところで霊的階層というか、霊的エリート意識が生まれてくるのはよくあることですよね。

ロバート・ハリス
「我々」対「外の世界」とい図式ができてしまって、それも嫌になってきたから、もう、これは抜け出そうって思いました。その時、僕は中でセラピストになっていたんだけど、だいたいね、わかったんですよ。

人間ってすごい面白なって思ったのは、女性って泣くのは簡単なんですよ。泣いた後に怒りがある。男性は怒るのが簡単なんです。パディングの壁とか殴ったりするんだけど、その後に涙が出てくるんです。そこに行き着いたところになぜか開放されていくんですよ。社会的に、抑圧されたものがきてそこから開放されていく。

まあ、それでセラピストやっていたけど、人の悩みを聞いているのも飽きちゃって、2年ぐらいして外に出ようと思って、シドニーのブックショップで働くようになったんです。


それがね、面白い転換ですよね。

ロバート・ハリス
そこにいた奴らの中には、集団で田舎にいってコミューンをつくったのもいたんだよ。多分、今でもあるんじゃないかな。僕はそれは嫌だったんです。社会でやりたいこともいっぱいあったし。


そういう閉じた共同体、コミューンって昔のほうが作りやすかったのかな……

ロバート・ハリス
自分はといえば、外の社会に出て書店で働くようになったんだけど、もともとパワーがあったのか、働き始めるとすぐに信用されて、本屋の中でも偉くなっちゃったの。大きいブックショップだったんだけど、課長になってしまって、その後、全店任されるようになってね、自宅からスーツきて会社に向かうんだけど。ただ、電車に写った自分の姿をみて、これって、ヒッピーになって世界を旅する放浪者になるつもりだったのにサラリーマンになってるぜって。これはいけないって思って。おれがやりたかったのは、自分のブックショップを開くことだったって思い出した。

それで辞表を提出してね。シドニーのヒップなエリアに精神世界のブックショップがあったの。それでその日にそこに入っていってオーナーと話したら、この店はもう売りたいんだよって。それで俺が買うよってその日になった。


えー、それ、おいくつの時?

ロバート・ハリス
29歳。


あ、サターン・リターンだ……占星術では誰でも29歳の頃が大きな転換点なんですよ。とはいえ、大書店で偉くなったの早すぎ。

ロバート・ハリス
そう、もう半年でね。

もう、これに決めようってね。で、その足で近くのコーヒーショップに入ったら、変なヤツがいっぱいいたのね。社会の枠から出たようなヤツばかりで。俺の本屋もこういうところでやるのが一番いいなって。こういう連中が気さくに集まるところがいいな。こういうヤツってみんな、EXILEだなって。EXILEって言葉が浮かんできたの。それで、ブックショップの名前をEXILESにしたの。

そうしたら、本当にそういう奴らがいっぱい集まってきて、僕が本当に友達になりたかった連中に初めて会った。


本屋さんはどれくらいやったんですか?

ロバート・ハリス
5年やったの。詩の朗読会やったりね。ゲイ・コミュニティとかパンクとかそういう若者文化が花開いていった時代。それまでシドニーは白人主義ですごく保守的だったんだけど。どんどんアジア人も入ってきて、第二のヒッピー文化のような感じ。1978年から始めました。パンク、ディーラー、ゲイ、レズビアン、アーティストが、どんどんいろんな面白い連中が集まってきた。

2階に部屋があったから、そこを彼らのミーティングプレイスにしてね、後から画廊になったんだけどね。いろんな面白い人間が集まった。毎週日曜ポエトリー・リーディングやったりね。お風呂もキッチンもあって3階にはベランダもあって。四畳半ぐらいの狭い部屋に僕が住んでいたの。


本の仕入れはどうされてたんですか?

ロバート・ハリス
正規ルートだと高い。というのもオーストラリアは植民地意識が強くって、アメリカから直接買えないの。イギリスからじゃないと買えないんだけど高くなっているんだよね。ペーパーバッグでも高いの。でも小さい本屋だったからインチキしようと思ってね(笑) まとめてアメリカにオーダーしていました。日中はカタログと向き合う日々でね。

本当に面白い人がいっぱい集まってきたから、それをいつか小説に書きたいと思っているんだけど、あまりにもいろんなことがあってそれを時系列でちゃんと覚えていないぐらい。


どんな本を仕入れてたんですか?

ロバート・ハリス
本のラインナップは、僕が文学が好きだったから、文学が主だったな。アメリカで出てまだイギリスでは出てなかったのも先にいれてました。ブコウスキーとかね。このボヘミアン地区で流行るがわかってきたからね。


その、ボヘミアン地区という言葉も今の若い子たちはわからないかも?

ロバート・ハリス
ボヘミアンって、漂流する人々ってかんじ? 東京でいえば、下北沢とかかな。それをもう少しインテリ化したような。


神保町も少し入ってる感じですか。

ロバート・ハリス
ニューヨークのグリニッジビレッジやソーホーみたいなエリアだったかな。ゲイのいる割合がサンフランシスコのカストロストリートの次に多いのがこのシドニーのオックスフォードストリートだった。たくさんゲイがくるからゲイセクションも作ったの。アメリカのゲイ新聞なんかも空輸してもらっていたしね。彼らの会合も開いたりして。とにかくすごくオープンだったの。詩人が自費出版の本の持込してきたらそこで売っていいよって、朗読もしていいよって、勝手に始めたりしてね。

2階には、メディテーションのコーナーもあって、グルがきたら会合もやったし、ビートのゲーリー・スナイダーや、日本からナナオサカキもきてね、みんなでパーティーやったりしたね。


びっくりしちゃうんですけど、河合隼雄先生が英語で書かれた日本の昔話をテーマにした本の序文は、ゲーリー・スナイダーが書いてるんですよ。

ロバート・ハリス
土着的な発想をもった人だから、日本文化や禅やアメリカン・インディアンに興味を持ったと思うんだよね。中国やインドの哲学の本も読んでいた人だし。


ハリスさんの書店がそんなコミュニティになっていると、今度は、終わらせるのも大変じゃなかったですか?なくさないでくれって人たちがたくさんいたでしょう?

ロバート・ハリス
もう、そろそろかな、また旅に出たいなって思ってやめました。本屋は僕にとっては人を呼び寄せる、パワースポットだった。急に僕も街の有名人になって、僕を頼ってくるんだけど、それも自分の役割だなって思った。それまでは自分が頼りたいと思いながら歩んでいたのに、自分にパワーが出てきちゃってね。

それから自分はこれでいいと、イメージにとらわれてこういうふうにならなくちゃいけないとか、を全部捨てたのね。自分でいれば自分は変わるし、会う人によっても自分は変わるし。自分という感覚さえあればどこにいっても自分でいられるという、刑務所に三日間入っていたときも、そこでも俺は自分だったし。そういうのがすごくあって、そこからどんどんパワーがついていきましたね。

(つづく)

ロバート・ハリスに聞く「カウンター・カルチャーの時代」4

ー 他コンテンツ紹介 ー

ロバート・ハリス プロフィール

横浜生まれ。高校時代から国内をヒッチハイクでまわり、卒業後は北欧からインドまで半年間の旅をする。上智大学卒業後、東南アジアを放浪。バリ島に一年滞在後、オーストラリアにわたり延べ16年滞在。シドニーで書店&画廊『Exiles』を経営。ポエトリー・リーディング、演劇、コンサート等を主催、文化人のサロンとなり話題に。映画やテレビの製作スタッフとしても活躍後、日本に帰国。1992年よりJ-WAVEのナビゲーターに。1997年に刊行された初の著書『エグザイルス(放浪者たち)ーすべての旅は自分へとつながっている』(講談社)は、若者のバイブルと謳われ長く読み継がれている。『ワイルドサイドを歩け』『人生の100のリスト』(いずれも講談社)、『エグザイルス・ギャング』(幻冬舎アウトロー文庫)、『英語なんてこれだけ聴けてこれだけ言えれば世界はどこでも旅できる』(東京書籍)、『アフォリズム』(NORTH VILLAGE)、『アウトサイダーの幸福論』(集英社)など著書多数

https://yakan-hiko.com/meeting/robert/top.html
鏡リュウジ占星術

鏡リュウジ占星術TOP
鏡リュウジ占星術公式スマートフォンサイト
鏡リュウジiPhoneアプリ
鏡リュウジ占星術携帯サイト


鏡リュウジ夜間飛行