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「オカルト」とは
そもそも「隠されたもの」という意味のラテン語。本コーナーでは、鏡リュウジが気になる「オカルト」的なことをお題に選んで掘り下げていきます。

オカ研File No.47 シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える1
2018/10/10

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シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える【1】
   加藤之晴×鏡リュウジ
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今日は、日本のシャーマニズムがご専門の駒沢大学で教えていらっしゃる加藤之晴先生にいらして頂きました。先生と初めてお会いしたのは、鎌田東二先生が創立された東京自由大学で講演に呼んで頂いた時ですね。あの時はメカ音痴の僕を助けてくださってその御礼のメールをしたのがきっかけで、少しやりとりをさせてもらいました。そのときに思いのほか盛り上がりまして……そこでもっとお話を伺いたいと思って今日の機会をいただきました。

そのときの話題はシャーマニズムにおける「脱魂」(エクスタシー)型と「憑霊」(ポゼッション)型の分類とその意味についてだったんですが……今回はそこにいくまでにまず、シャーマニズムとは何か、というところからおさらい的にお伺いできますか?

シャーマンという言葉はアニメやゲームなどでもずいぶん一般化していますし、最近驚いたのは書店での占い・スピ本コーナーで「現代のシャーマン」という棚を見たこと。こんなふうに一般的になってきた言葉なんですね。 


加藤
「シャーマン」を辞書的な言い方をすれば、「宗教的職能者」のひとつ、ということになります。普通の人には見ることもできない、声を聞くこともできない存在、たとえば仏様や神様や悪魔や死霊とかいった存在は多くの文化もみられますが、そういうものと、会話ができる、声をきく、つまりコミュニケーションをとることができると考えられている人たち。

脱魂型シャーマンだったら、その存在(霊的存在・超自然的存在)が住んでいる世界に自分の魂をとばすことができる。そしてその能力を前提として、病気治しをするとか、占いをするとか、つまり現実世界に何か変化をもたらす、そういうことができると信じられている存在ですね。


ちょっと本で調べてみました。院生時代からお世話になっている平凡社の『宗教学事典』(1991年)から引用してみますね。

「シャーマニズムとは通常、トランスのような異常心理状態において超自然的存在(神霊、精霊、死霊など)と直接に接触・交流し、この間に予言、託宣、卜占、治病、祭儀などを行う人物(シャーマン)を中心とする呪的・宗教的形態」。

シャーマニズムの研究というと、ルーマニア出身の著名な宗教学者ミルチャ・エリアーデが有名ですぐ頭に浮かびますが。

加藤
シャーマニズムの概念を多くの人に知らしめたのがエリアーデですね。とはいえエリアーデが「シャーマニズム」という言葉をつくり出したわけではありません。もともと、シベリアのある部族で「サマン」とよばれる宗教者がいて、それが「シャーマニズム」の語源になっています。そして世界を見わたすと、他の文化圏にも同じような人がいるぞ、ということで、学術用語としてシャーマンという言葉が生まれた。


そうそう、「シャーマン」は男で、女性は「シャーウーマン」だと誤解している人もいるけれど、そうではない。もともとある地域の宗教的現象を一般概念に汎用化した、ということですね。


加藤
エリアーデは、シャーマンを宗教者の原型として捉えようとしています。もはやキリスト教やイスラムとは異なるけれども、そうした宗教一般の基層にシャーマニズムがあるのではないかと。


宗教の最古層にあるよ、ということですね。それまで文明とセットにしていた「宗教」、つまりキリスト教などの一神教をある意味、相対化した。


僕はシャーマニズムをエリアーデや、アメリカの「ネオシャーマニズム」と呼ばれる80年代以降の流れを経由して知ったのですが、ここでいうシャーマニズムというのは、だいたい、こんなふうに説明されています。

シャーマンは一種のトランス状態に入って、自分の霊魂を異世界に飛ばし、異世界でさまざまなことを行って、そのことによって現実世界での問題を解決に導く、というようなイメージですね。

「脱魂(エクスタシー)」がシャーマンの特徴だということになる。と同時に、僕は学生時代にシャーマニズムには「脱魂」型と「憑霊(ポゼッション)」型がある、と習いました。


加藤
はい、今でも大学の授業ではそのように教えていますね。繰り返しになりますが、脱魂型のシャーマンは、トランスと呼ばれる特殊な意識状態のなかで、魂を自分自身の身体から解き放ち、神様や仏様、あるいは死者や悪魔がいるような異世界にいってしまうとされています。異世界において自らあれこれ体験をしてから、現実世界に戻ってきます。この異世界での体験が、例えば病を癒やすとか、苦境を乗り越える知識を獲得するとかいったように現実の世界に影響を与えると考えられています。

でもね、日本での「シャーマン的」と言えるような宗教者を見渡すと、このタイプはほとんど見当たらないんですよ。もちろん厳密にいえば全くいないというわけではないのだけど。

皆さんが「シャーマン」とか「霊能者」って言葉からイメージする人物像は、霊の声を聞いたり、自分に乗り移つらせてお告げを聞いたりってかんじでしょ。神様やお不動様が自分自身に乗り移って言葉を語り出したりする、というものですね。実際の現場では、宗教者自身に霊的存在が憑依(ポゼッション)して、病気治しとか占いといった行為が繰り広げられます。


こういった日本の事例を踏まえると「脱魂」と「憑霊(憑依)」のふたつのシャーマニズムがあるという考えに合点がいきやすい。ただ、この分類は最初からあったわけではないんです。

当初、エリアーデはエクスタシー(脱魂)体験こそがシャーマニズムの肝所であって、ポゼッション(憑霊)はエクスタシーに付随する副次的な現象でしかないと考えていた。

エリアーデにとって、ポゼッション、つまり霊的な何かが自分に入ってきて自分の意識を譲り渡すようなことは、あくまでもシャーマンの霊魂が肉体を離脱するエクスタシー体験に付随して起きることであって、あえていえばおまけなんです。本質的なものではない。大事なのはエクスタシーだと考えていたんです。霊媒的な存在をシャーマンには入れたくなかったのかもしれない。

でも、日本ではエクスタシー(脱魂)型のシャーマニズムはあまり見ることができない。エリアーデの議論に忠実に従っちゃうと、日本には真性のシャーマンは存在しないことになっちゃう。西洋で構築されたシャーマニズムの概念がそのままではうまく適用できなかったんです。

そこでポゼッション(憑霊)型も、シャーマニズムの一形態として取り入れましょうということを提唱したのが佐々木宏幹先生なんです。

以降、シャーマニズムには大別して「脱魂」と「憑依(憑霊)」の二つのタイプがあるという考え方が一般的になりました。じつはエリアーデも、後には憑霊を積極的に評価するべきという見解をあらわしています。


やっと本題に入ってまいりましたね(笑) 実は二人で盛り上がったのは、ここからだったんですよねえ。実は僕はこの分類を勉強した時に、正直言って、「ふーん」と軽く受け流していたんです。目に見えないような宗教体験をそんなふうに概念的に分類することの意味がわからなかったのです。
加藤先生も実はそうだったと伺いました。しかし、西洋においてエクスタシー型のシャーマニズムが主流で、あるいはそちらが評価されて、ポゼッション型のシャーマニズムがあまり取り上げられてなかったということ自体に、西洋と東洋、あるいは日本の人間観の違いがあるんじゃないか、ということで。加藤先生とやりとりをさせていただき、その概念の重要性に思い至ってハッとしたというわけで。

加藤
話が早い。笑 でもあまり先走りすぎないで、もう少し丁寧に説明しますね。

脱魂型シャーマンは、自分で自分の身体を抜け出して、見えない世界にたどり着く。その見えない世界(たとえばそれは魔物がいる世界、神様・仏様がいる世界、死者の世界)でシャーマンは「何か」を行う。その結果、見える世界(現実世界)に何らかの影響が及ぶ、という考え方です。

いわゆる電脳世界と現実世界との関係を考えてみるといいかもしれません。映画『サマーウォーズ』や『レディ・プレイヤー1』の世界を見てみてください。主人公たちは、この世の世界から抜け出して、電脳世界という異世界に赴く。そして、その異世界において大活躍を果たした結果、現実世界に大きな変化が訪れる。


わかります。そういう「幽体離脱」「脱魂」的な体験には西洋においては長い文学的な伝統もある。脱魂型というのは西洋にもたくさんありますね。ダンテの『神曲』なんかもそうですよね。ダンテがベアトリーチェに導かれて、地獄、煉獄、天国を旅していくわけですから。あれはあきらかに脱魂型の体験ですね。

古くはキケロが『スキピオの夢』という作品を書いていますが、古代ローマの時代、スキピオという人が寝ている間に肉体を抜け出して太陽系とか地球をみてまわって、霊的宇宙旅行をして当時の天文学を語る、というのがあるんですよ。

あれもシャーマンの一種かと思っていたんですが、それはたぶん、今の定義でいうと、それによって病気治しとかは行われていないから、狭義のシャーマンには入らないでしょうか。

加藤
文化人類学での定義に厳密に沿って考えれば、彼らはシャーマンだとはいえないでしょうけど、少なくともシャーマン的な事例だとはいえますよね。

ところで日本に目を移したときに、多くの人が「シャーマン」、「シャーマニズム」と聞いてまっさきにイメージする存在は、現代においても「イタコ」なんじゃないでしょうか。

(つづく)

シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える 2

シャーマンの脱魂型と憑依型の二分類を考える 3

ー 他コンテンツ紹介 ー

加藤之晴(かとう ゆきはる) プロフィール

加藤之晴(かとう ゆきはる)
1965年生まれ。静岡県浜松市出身。駒澤大学・国士舘大学など非常勤講師。専攻は宗教学・宗教人類学。宗教オンチの両親によって、キリスト教系新宗教の全寮制高校に放り込まれたものの、日々の生活について行けずに2ヶ月で退学したことがきっかけとなって宗教に興味を持ち始める。現在は九州地方のシャーマニズムを中心とした宗教文化について、フィールドワークに基づいて研究中。霊感はありません。

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