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「鏡の視点」とは
鏡リュウジが何を感じ、何を思考しているか。気楽なものからレクチャー的要素もからめた雑文コーナー。海外のアカデミズムの世界で占星術を扱う論文などの紹介も積極的にしていく予定です。

『占星術とユング心理学』出版にあたって
2019/12/2




占星術とユング心理学
ユング思想の起源としての占星術と魔術


これまでにたくさんの本を出させていただいていますが、また1冊、ぜひみなさんに手にとっていただきたい本が出せることになりました。

僕の著作は大きくわけて二つのカテゴリーに分類できます。一つはポップでわかりやすい占いや魔法のハウツー。これは基本、エンタメ的だったり、少し本格的なものでもきほんは占いの「やり方」を解説するもの。そしてもう一つは占いの「やりかた」は書いていないけれど、占いとは何か、あるいは占いの歴史、心理学的な議論が中心になった教養書、学術書になります。後者は主に翻訳が多いのですが、中には『占星術の文化誌』など自著も含まれます。今回出るのは後者に属する翻訳もの。しかもこれまでのものの中でも格段に学術的な内容となります。

英国を中心に活躍する占星術家、ユング派心理学者リズ・グリーンの最新刊です。 これまでもグリーンの本は僕もできるだけ翻訳紹介しようとしてきて、『サターン』、『占星学』『神託のタロット』などを出させていただきました。幸い、これらの本は日本でもロングセラーになっています。

しかし、今回のグリーンの本はひと味違います。グリーンの本は確かに、ほかの占星術家のものと比べて段違いに「アカデミック」でありました。「哲学」「原理」なんてタイトルをつけていても、その実、個人の主観的妄想と神秘体験をパッチワークしただけのような占星術と本もあるなかで、グリーンの著書は確かな教養とユング心理学の枠組みの中で著述が展開されています。

しかし、それでもこれまでの本はやはり「実践書」でありました。学術書ではないのです。 今度の本は「研究者」としてのリズ・グリーンの力がいかんなく発揮されています。 本書が出ると聞いた時には、僕は小躍りしました。じつはこの本のベースになる内容はすでにコーンウォールでのグリーンの講演会(チケットは秒殺で売り切れたとのこと)でも発表されており、その録音は僕も購入していました。

また本書にはユングの手描きのホロスコープも含まれていると漏れ聞いていました。もうこれは絶対に紹介したいと意気込み、僕としては珍しいことなのですが、自分で企画書を書いて(ちょっと自慢めきますが、たいてい、本の企画は版元さんから「何かありませんかね」とご依頼されて考えたり、先方からのご依頼に応えて書くということがほとんどです)原書房さんにもちこんだのです。

出版環境のよくないこのご時世のなか、専門性の高いこの本の出版にふみきってくださった原書房さんには感謝するほかありません。

この解説を参考にしていただき、ぜひ本書を手にしていただければ幸いです。

(鏡リュウジ記)

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『占星術とユング心理学』監訳者による解説 

 ここにお届けするのはリズ・グリーンの最新刊Jung's Studies in Astrology Prophecy, Magic, and the Qualities of Timeの全訳である。本書は二〇一八年に『ユングの「新たなる書」の占星術的世界―ダイモン、神々、そして惑星の旅路』(注1)と合わせて刊行された。後者はユングの内的作業の記録『新たなる書』(いわゆる『赤の書』)にみられるさまざまなイメージやヴィジョンを占星術のモチーフとの比較によって解読してゆくことを目論んでいるのにたいして、本書はその前提となるユング自身の占星術のかかわり、ユング心理学の成立にたいして占星術および古代からの秘教の伝統が与えた(かもしれない)影響の分析である。この二冊は相補的な内容となっており、どちらも興味深いものであるが、まずは心理学史研究にたいして重要な貢献となる本書を訳出することにした。

 リズ・グリーンは、欧米における著名な心理占星術の泰斗にしてユング派の分析家である。一九七六年に占星術上の土星をユング心理学的に解釈した『サターン』を刊行して以来、現代占星術に圧倒的なインパクトを与えてきた。その著作はほとんどすべていずれもベストセラーあるいはロングセラーとなっている。現代においてもっとも影響力のある占星術家の一人といって間違いないだろう。字義的、予言的な従来の占星術をユング心理学の手法と洞察を加えて、知的な読者層にもアピールするものへと深化させていった業績は、長い占星術の歴史の中でも重要なエポックとして今後も長く記憶されるはずだ。
 現在、「心理占星術」を標榜する占星術家は多いが、英国占星術界の重鎮ニコラス・キャンピオンが言うように「その詩的で雄弁な独創性と象徴の理解の度合いという点で、リズ・グリーンに匹敵する水準に達したものはいない」(注2)。とりわけ80年代から90年代まで、占星術実践者たちの中でグリーンはまさに「スター」であった。僕自身、若いころからグリーンには大きな影響を受けてきた。その著書のいくつかを日本に翻訳紹介することができたのは僥倖というほかない。
 これだけでも十分に偉業を成し遂げたといえるのだが、グリーンはその後も歩みを止めなかった。もともと極めて知的な占星術家ではあるのだが、ここ一五年ほど、よりアカデミックな領域にその軸足を移し、「実践者」から「アカデミックな研究者」へと変貌を遂げているのである。「カルチャー&コスモス」誌を中心に発表されている様々な論文、あるいは二つ目の博士号のための論文を元にした著書『マギとマギディム 一八六〇年から一九四〇年までの英国オカルトにおけるカバラ』(2012)は、実践者ではなく「研究者」グリーンとしての大きな業績だ。現代占星術の歴史を研究するカーク・リトルの表現を借りれば、グリーンは自分自身を「再発明」(reinvent)したことになる(注3)。
 齢を重ね、人生の締めくくりの時期にきてもなお、立場に甘んじることなく旺盛な探究心を発揮するグリーンの姿勢には、感服する他ない。そして日本語で「研究者」リズ・グリーンの姿が見られるのは、本書において初めてであろう。

 本書を開いてまず驚かされるのは、長大な参考文献および広範で詳細な引用に見られるグリーンの学識である。ここには古代から現代にいたるまでの占星術や神秘哲学の一次文献はもちろん、グリーンが「境界的な領域」と呼ぶ昨今の秘教研究、そしてこのところ急速に進んでいるユング研究の成果が網羅されている。
そして何よりも貴重なのは、グリーンがユングの遺族の協力を得て、ユングの私的アーカイブに分け入り発掘してきた、ユングと占星術をめぐる新資料の数々である。ユングが占星術を実践していたことはこれまでもよく知られていた。しかし、ユング自身がどのように占星術を「実践」したかは謎のままであった。
 グリーンはユングが同時代の占星術家たちと活発に交流した書簡、あるいは、ユング手描きのホロスコープまで、これまで知られていなかった資料をグリーンは発掘して、公開しているのである。
 ここで簡単に本書の構成と内容を見ておこう。本書はユング研究の第一人者ソヌ・シャムダサーニによる序文に始まり、序章および六つの章と結論の計八章から成り立っている。
 序章「哀れな学問の探求」は、現代の学問領域において占星術研究がいかに困難であるか、その方法論をめぐって予備的考察がされている。占星術はやはりユングが関心を示した錬金術とは異なり、現代でも「生きている」伝統である。しかし、それは近代の合理主義的科学とは相容れない。「客観的」に占星術を検討することはできようが、それを「内在的」に理解しようとすればただちに学問上の問題が生じることになる。とはいえ、占星術という生きた伝統を切り刻んでシャーレに入れてしまえば、それを理解することから離れてしまう。ことユング研究においてはこれが重要な問題となる。ユングは単に歴史上の素材として占星術を扱っていたのではない。
 占星術に一定の、否、相当の信頼をおいていたようなのである。これをどのように理解すればよいのか。研究者たちの態度は揺れ動いてきた。グリーンはこのような「リミナル」な領域全般について、そして占星術を含むユングのオカルト、秘教志向という学問上の問題が先行研究においてどのように扱われてきたかを様々な文献を引用してカバーしている。これは占星術実践者でもあるグリーン自身がアカデミズムの中で張った防衛線の痕跡としてみることもできよう。
 第一章「ユングは占星術をどう理解していたか」では、その表題どおり、ユングの占星術理解の一端が示されている。ユングの占星術理解の仕方は実は多様で一筋縄ではいかない。例えば、グリーンも序章で言及しているサフロン・ロッシとケイロン・レ・グライス編『占星術におけるユング』(注4)は、ユングの著作や書簡の中から占星術への言及を抜粋し編集したアンソロジーである。これを開いてみよう。その中で編者らは、「上なるものは下なるものに等しい」という「万物照応論」、「無意識の投影」、「数と元型」「共時性」「卜占性」「因果性」など七種類に渡るユングの占星術の説明を拾い出している。それらは相互に重なり合う部分もあれば相互排除的に矛盾するものもある。ユングを捉えるのはグリーンも認めているように極めて難しい。
 グリーンは、ユングの占星術の取り組みの中でも、ユングがフロイトと決別する大きな要因になったユング独自の「リビドー論」における占星術ないし天体神話論の影響を指摘する。さらに伝統的な占星術のエレメント論とユングのタイプ論との密かな連関、惑星象徴と元型の関連などに注目している。とくに興味深いのはユングが「個性化の過程」を、古代の占星術的宇宙論における惑星天球を上昇してゆく魂の旅と類似のものとして見ていたという指摘であろう。これはユング心理学を古代的な伝統の心理学版であるとみなすものである。
 第二章は、占星術家にとっても、またユング研究者にとってもとくに興味をそそられるものであろう。この章にはグリーンによる新発見の史料が詰め込まれているからだ。これまで公刊されてきたユングの著作に登場する占星術家といえばプトレマイオスやアブー・マーシャルをはじめ、歴史上の人物ばかりであるが、実はユングは同時代の占星術家の著作を読み、強く影響を受けてきた。グリーンによれば、とくにアラン・レオとマックス・ハインデルという神智学的占星術家の影響が大きい。レオとハインデルは占星術家の間ではよく知られている人物であるが、ここに紹介されているジョン・ソーンバーンやフロイト派の精神分析家にして占星術家ヨハン・ファン・オプハイゼンの存在は新情報ではあるまいか。ユングの手描きホロスコープをはじめ、ユングの占星術実践、および同時代の占星術家との交流とその影響はグリーン以外には見いだせなかった精神分析、分析心理学史の一側面と言えるだろう。
 第三章、四章は、保守的、あるいは多くのユング派の分析家から異論、議論を招いてしまいそうな挑発的でスリリングな内容を含んでいる。「能動的想像」、そしてユングが「能動的想像」というユング派心理療法における重要な技法を開発するきっかけになった内的作業――これは『新たなる書』(『赤の書』)を生み出すことになった――は、古代の秘教的実践である神働術や、占星術とも深い関係をもっていた霊的存在の観念、すなわちダイモンと深くかかわっている。ユングは「能動的想像」の作業をこうした古代的概念や占星術の実践を意識しながらやっていた可能性もあるとグリーンは指摘しているからだ。ここにおいてグリーンはそもそも危なっかしい「リミナルな領域」の中でもとりわけ危険な方に傾いていったように見える。さらにグリーンは、ユングは自分のダイモンをホロスコープから土星と特定しており、これがユングの内的指導霊としての「フィレモン」のイメージに結びついた可能性も否定しないのである。
ユングはたしかに「あくまでも心理学的作業であると認識しつつこうした内的作業に取り組んでいる。しかしグリーンが指摘するように占星術を意識的に用いているとするならユングが「秘教的魔術師」の現代版であったと解釈される危険は拭いきれなくなってしまう。 ここは議論があるところだろう。もっともユングの魅力の要素の一つがこうした「あやうさ」であるのも間違いないところではあるが。
 第五章は哲学史、思想史としても重要な章である。人生の実存に深くかかわる心理療法においては、いかに科学的・合理的立場をとろうとしていたとしても、やはり「宿命」の問題を無視することはできない。一方で占星術は、いかに「心理学的」であろうとしてもやはり未来の予想を含む営みであることはまぬがれない。自由意志と宿命のパラドクスはつきまとう。ユングの「個性化」の概念は、こころがアプリオリにもっている、「目的論的」な指向性にしたがって自己展開をしてゆくプロセスであるとも捉えられている。あるいはこころの「自律性」という概念も、自我による完全なコントロールができないということを意味するわけで、ここには「宿命」の問題が立ち現れてくる。グリーンは古代の哲学思想や占星術における「ヘイマルメネー」(星の強制力)の概念をユングが重視していたことを指摘して、ユング思想の成立における占星術の重要性を明らかにしようとしている。
 第六章は現代人にとってユング思想の中でももっとも理解が苦しい題材を取り上げている。ユングは晩年の大著『アイオーン』などで、「西洋の精神史の変遷が春分点の歳差移動と連動して起こっている」と明確に述べている。キリスト教は春分点が魚座に移動したときに起こり、また魚座を構成する二匹の魚のつなぎ目のあたりに春分点が来た時に数多くの異端運動が起こった、などと平然と述べているのである。これはどうみても占星術的歴史観であり、預言とみてもよい。そしてユングは「水瓶座の時代」を予感していたとグリーンはいう。本書では触れられていないが、『ヴィジョン・セミナー』を見ると、ユングはオーソドクスな黄道十二宮ばかりではなく、ペルセウス座やペガサス座などといった星座までも持ち出して時代精神の変遷について論じている。これに関してユング研究者である入江良平は一九九三年の時点でユング心理学の「噛み砕けぬ石」でありここにユングの「困った」側面が「集約的に出ている」と述べている。だが、これは「老ユングの迷妄あるいは逸脱として一笑に吹くわけにはいかない」「ユング心理学の核心、そのもっとも現代的な意義と不可分に結びついている」(注5)という。
 ユングの「魚座の時代」論についてはマギー・ハイド『ユングと占星術』(注6)でも詳しく論じられているが、グリーンのこの章はいわゆるニューエイジ思想における「水瓶座時代」の観念の発祥とのつながりの中でユング思想が位置づけている点で重要である。ユングは自身のうちに合理的・科学的な「N o.1の人格」と非合理的・古代的な「N o.2の人格」の葛藤があったと自伝で述べている。そのマクロな対応物はユングのいう「この時代の精神」と「深みの精神」の葛藤であり、時代精神が変容して、集合的意識と無意識におけるその二元論が止揚されてゆくプロセスをユングは占星術象徴を通して幻視したのであろう。
 ユングを非近代的、非合理なオカルト主義者とみるか、あるいは、そうしたオカルトを「心理学化」した合理主義者と評価するか、研究者たちの立場の振り幅は極端に大きい。それはユング自身の理解に従えば、我々が未だ二匹の魚に象徴される「この時代の精神」と「深みの精神」の深い淵に引き裂かれているが故なのであろう。
 本書はユング研究者には大変重要な素材を提供している。そして占星術家にとっては、昨今、盛んな「伝統・古典占星術」復興、再構築の動きを補完するものとしても重要であることを指摘しておきたい。「心理」占星術と伝統的な占星術は見かけ上対立する面もあった。それは心理占星術が近代において「発明」された、歴史的連続性をもたないものであるという見方によるところが大きい。しかし、本書を読めばそれが短絡的な理解であることがはっきりするはずである。このところ注目されている古典的、伝統占星術は(擬似)アリストテレス的因果論に基づく占星術であり、たしかにこれは技法の上では占星術の伝統の中では主流に属する。しかしその一方でグノーシス主義、新プラトン主義、ヘルメス思想に基づく占星術も存在し、それはユングへと流れ込んでいるのだ。この観点に立てば現代の心理占星術もまた「古典」の系譜の先にあるものなのである。
 
 末尾になるが本書の翻訳についていくつか述べておきたい。作業としては上原ゆうこさんの訳文に鏡が大幅に手をいれていったものである。未だ日本語としてこなれない部分や、僕自身の能力不足のために思わぬ誤りなどもあるかもしれないが、ご教示いただければ版を重ねるごとに改めていきたい所存である。
 グリーンはさまざまな文献から引用しているが、その部分に既訳があるものについてはなるべくそれを参考とし用いさせていただいたが、文脈に応じて新たに訳し直したものも多い。なにとぞご了承願いたい。

 なお、最後に感謝を。
 本書は原著が出てすぐに翻訳紹介したいと考え、原書房の大西奈己さんに企画を持ち込み、原書房のご英断で出版企画を通していただいた。また大西さんには面倒な編集を引き受けていただいた。このような専門性の高い本を刊行していただけたことに深く感謝したい。
 また訳語のいくつかについては宗教学者の堀江宗正先生、インテレクチュアル・ヒストリー研究のヒロ・ヒライさん、臨床心理学者でありユング派の分析家である大塚紳一郎さんにご教示いただいた。ここに記して感謝いたします。

 それでは本書がユングをめぐる理解を、そして現代の霊性の理解の一助となるのを祈って筆をおくことにしよう。


鏡リュウジ
二〇一九年一一月
目前にせまった水瓶座の木星と土星の大会合を待ちながら



注1  Liz Greene, The Astrological World of Jung’s ‘Liber Novus’: Daimons, Gods, and the Planetary Journey, Routledge, 2018

注2 The Astrological Journal, 2018 May/June 所収、Wendy StaceyによるNick Campionへのインタビュー

注3 The Astrological Journal 2018 Sept/Oct 所収、Kirk Littleによるリズ・グリーンのこの2冊の書への書評

注4  Ed.by Safron Rossi and Keiron, Le Grice C.G. Jung , Jung on Astrology, Routledge 2018

注5 入江良平「二匹の魚 ユング心理学と占星術」 『ユリイカ』一九九三年六月号所収、青土社

注6 マギー・ハイド 鏡リュウジ訳『ユングと占星術』新装版、青土社、二〇一三年



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